ガブリエラ・アンデルセン

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ガブリエラ・アンデルセン(Gabriela Andersen-Schiess、1945年3月20日-)は、スイスの元陸上競技選手。デンマーク人の血を引く。

1984年8月5日に開催されたロサンゼルスオリンピック女子マラソンに出場した。現在はアメリカ合衆国スキーのインストラクターをしている。

ロサンゼルスオリンピック[編集]

1984年のロサンゼルスオリンピックでは女子マラソンが競技種目に新たに加わり、アメリカのジョーン・ベノイトが、2時間24分52秒の記録で金メダルを獲得。ベノイトのゴールから約20分後、競技場の観客が目にしたものは、ふらつきながらゴールに向かい歩み続けているアンデルセンの姿だった。

その様子から熱中症にかかっていることは誰の目にも明らかだったが、トラックサイドの係員に対し彼女はゴールする意思表示をしていた。一方で、トラックサイドの医師は彼女がまだ汗をかいていたことから、まだ彼女は体の恒常性が保たれていると判断し、ゴールラインを割るまで続けさせた。

彼女の右足はほとんど動いておらず、右手はぶらつき夢遊病者のような中、競技場の大観衆の声援の後押しによって、競技場に入ってから5分44秒後、2時間48分42秒の37位で完走を果たした。ゴールすると同時に、係員に抱え込まれ医務室に運ばれたが、大事には至らなかった。余談だがこの競技で彼女が最下位だったと思われがちだが、彼女に遅れてゴールした選手が数人いるほか、増田明美など途中棄権者もいる。

レース後、彼女は「他のマラソン大会なら棄権していました。でも、五輪の歴史的な大会だったので、どうしてもゴールしたかった」「私の事がかなり大きく報道されているが、私よりも最後まできちんと走ってゴールした選手達の方をもっと取り上げるべき」と語っている。その後も自伝において「人生最悪のレース」とも記述している。

大会後、五輪発祥の地・ギリシャよりギリシャ旅行を贈呈されている。また翌1985年1月開催の大阪国際女子マラソンにも出場し、日本でも大きな話題となった。

関連項目[編集]