ガイウス・ラエリウス

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ガイウス・ラエリウスラテン語: Gaius Laelius, 生没年不詳、紀元前3世紀後半 - 紀元前2世紀前半)は、共和政ローマ時代の軍人、元老院議員。スキピオ・アフリカヌスの友人であり、彼のヒスパニア遠征、アフリカ遠征に側近、副将として付き従った。戦役後期に加わるマシニッサと共に、スキピオの両腕ともいえる。ザマの戦いでは右翼でヌミディア騎兵部隊を指揮したマシニッサに対し、彼は左翼のローマ騎兵を率いて勝利に貢献した。また低い出自でありながら紀元前190年セレウコス朝シリアとの戦役に際してスキピオ・アシアティクス(この戦役で尊称を得る)と共に執政官(コンスル)を務めた。

彼の出自は平民階級(プレブス)と言われるが、詳しい事は分かってはいない。ポリュビオスは彼をスキピオが幼少の頃からの友人と言っており、またティトゥス・リウィウスによれば彼は貧しい家からの出身で、紀元前190年セレウコス朝での戦いで勝利してようやく自分の家族に富を持ってくる事ができたと伝えられる。

ポリュビオスによると、彼はスキピオに若い頃から従っており、紀元前218年ティキヌスの戦いで敗戦色濃い中でスキピオが父プブリウスを救ったという説話は彼の証言によるものである。そして紀元前210年から紀元前201年までのスキピオの遠征に従軍、しかし紀元前202年に彼が按察官(アエディリス)になるまでは元老院の一員ではなかった。このような扱いは恐らく彼の身分が低く裕福ではない家系の出自のため政治的な影響力を持たなかったためかと思われている。

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