ガイウス・ムキウス

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ムキウス・スカエウォラの像(1791年作製、ルーブル美術館蔵)

ガイウス・ムキウス・スカエウォラGaius Mucius Scaevola)は、共和政ローマ初期の伝説的な人物。若者らしい勇気を示し、追放されたタルクィニウス・スペルブスの王政復古を目論むエトルリアラルス・ポルセンナを退けた。

概要[編集]

王政ローマから共和政ローマに移行したばかりの時代、追放された王タルクィニウスはいまだ健在で、エトルリアの王たちと手を組んでローマへの復帰を企んでいた。タルクィニウスの盟友ポルセンナは軍を率いる事に優れ、ローマ軍はたびたび苦難に陥る。そしてポルセンナはローマを包囲するにまで至った。

そして、その時に一人のローマ市民ガイウス・ムキウスは闇夜に隠れて城外のポルセンナを暗殺しようと企む。しかしポルセンナの顔を知らないムキウスは別の人物を殺害してしまい失敗し、囚われの身となったムキウスがポルセンナに詰問される。この時のムキウスの台詞はのちのローマでは語り草となった。曰く:

「私はガイウス・ムキウス、ローマ市民だ。私は敵を殺しにやってきたあなた方の敵である。また敵を殺す覚悟と同様、私には死ぬ覚悟もできている。我々ローマ人は行動を起こすときには勇気をもって攻撃し、傷を受けるのも勇気を持って甘んじるであろう。」

これを聞いたポルセンナは恐れかつ怒り、ムキウスの身体を火であぶって拷問することとした。ムキウスは従容としてこれを受け入れるどころか、ポルセンナよりも先に松明をつかみ右手に押し当てて、痛みの表情を出さすに炎が右手を焦がすままに耐えたという。

この勇気を目にしてポルセンナは彼を解放し、またこのようなローマ人の勇猛さを前にポルセンナはローマと和議を結んだ。そして焼けただれた右手が使えなくなったため、彼はのちにスカエウォラ(Scaevola、「左手の」という意)と呼ばれるようになったという。