カール・アウグスト (ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公)

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ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・アウグスト

カール・アウグスト・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハKarl August von Sachsen-Weimar-Eisenach, 1757年9月3日 - 1828年6月14日)は、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公。

ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ公エルンスト・アウグスト2世(de、ザクセン=ヴァイマル公位とザクセン=アイゼナハ公位を保持していた)と、妃アンナ・アマーリアの第1子として、ヴァイマルで誕生した。1歳の時に父が急逝したため、知的で進歩的、芸術を愛する女性であった母アンナ・アマーリアが摂政となって公国を統治した。1771年より幼いカール・アウグストの家庭教師となったのは、クリストフ・マルティン・ヴィーラントであった。

1774年、カール・アウグストの実弟フリードリヒ・フェルディナント(de)の家庭教師となったのは、詩人カール・フリードリヒ・フォン・クネーベル(en)であった。クネーベルに連れられて若い兄弟はパリへ向かい、途中のフランクフルトゲーテを紹介された。これがカール・アウグストとゲーテの親交の始まりであった。

家族[編集]

1755年ヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ9世の娘、ルイーゼと結婚。7子が生まれたが、成人したのは3人である。

また、名うての女たらしとして知られ、3人の愛妾との間に5人の庶子をもうけている。

先代:
エルンスト・アウグスト2世
ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ公
Wappen Deutsches Reich - Grossherzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach.png
1757年 - 1815年
次代:
大公国に昇格
先代:
大公国に昇格
ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公
Wappen Deutsches Reich - Grossherzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach.png
1815年 - 1828年
次代:
カール・フリードリヒ