カール・アウグスト・フォン・シュタインハイル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カール・アウグスト・フォン・シュタインハイル博士

カール・アウグスト・フォン・シュタインハイルCarl August von Steinheil1801年10月12日 - 1870年9月14日)はドイツ物理学者である。

アルザス地方のラポルツヴァイラーに生まれた。エアランゲンで法律を学んだ後、ゲッティンゲン大学天文学を学んだ。1832年から1849年の間はミュンヘン大学数学物理学を教えた。1839年にウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットと共同で、独立して陰画(ネガ)から陽画(ポジ)を焼き付ける技術の開発を行なった。1846年から国外に出、オーストリア帝国スイスの電信網を確立する仕事を行なった。1855年に息子のアドルフ・フーゴー・シュタインハイルAdolph Hugo Steinheil 、1832年 - 1893年)と望遠鏡など天文機器を製作するオプティッシュ・ウェルケ・C・A・シュタインハイルを設立した。

1852年に世界最初の銀メッキ反射式天体望遠鏡(10 cm径凹面鏡)を作成、生産をはじめた。その製法は友人の化学者、ユストゥス・フォン・リービッヒによって開発されたものである。

1862年からオプティッシュ・ウェルケ・C・A・シュタインハイルはアドルフが継いだ。1870年ミュンヘンで没した。小惑星シュタインハイル (30837 Steinheil) や月のクレーターシュタインハイルにその名を残している。