カーブース・ビン=サイード

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カーブース・ビン・サイード・アール・サイード
قابوس بن سعيد آل سعيد
オマーン国王
Qabus bin Said.jpg
カーブース・ビン・サイード・アール・サイード(2008年)
在位 1970年7月23日 - 在位中
全名 قابوس بن سعيد آل سعيد
カーブース・ビン・サイード・アール・サイード
出生 1940年11月18日(74歳)
Flag of Muscat.svg マスカット・オマーンサラーラ
配偶者 ナワール・ビント・ターレク
王家 ブーサイード家
父親 サイード・ビン・タイムール・アール・サイード
母親 マズーン・アール・マシャニ
宗教 イスラム教イバード派
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カーブース・ビン・サイード・アール・サイードアラビア語: قابوس بن سعيد آل سعيد‎, ラテン文字転写: Qābūs bin Sa’īd Āl Sa’īd1940年11月18日 - )は、オマーン国王(在位:1970年7月23日 - )。首相(在任:1972年1月2日 - )、国防相、外相、財務相を兼任する。18世紀から続くブーサイード家の第14代君主にあたる。

経歴[編集]

代々のスルタンを出してきた南部の港町サラーラの出身。イギリスサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業し、イギリス軍で軍歴を持った後1964年に帰国。父王サイード・ビン・タイムール・アール・サイード英語版の保守的な政策に反対し、1970年7月にイギリスの支援を受けて宮廷内クーデターを起こして父王を追放、自身が国王に即位した。

鎖国政策を放棄して1971年にはオマーンを国連に加盟させる一方、イバード派のイデオロギーに基づくイスラム的伝統を堅持しつつ、国王の主導による近代化政策を強固に押し進めている。

親米派として知られる。父王の弟ターレク王子の娘ナワール王女と結婚したが間もなく離婚し、以後現在まで独身。子供はおらず、後継者も指名していない。趣味は乗馬

現在流通しているオマーン・リアルの全ての紙幣に肖像が使用されている。

外部リンク[編集]

先代:
サイード・ビン・タイムール・アール・サイード英語版
オマーン国王
1970年 -
次代:
-