カーブース・ビン=サイード

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カーブース・ビン・サイード・アール・サイード
قابوس بن سعيد آل سعيد
オマーン国王
カーブース・ビン・サイード・アール・サイード

在位期間
1970年7月23日 - 在位中
先代 サイード・ビン・タイムール・アール・サイード

在位期間
1972年1月2日 - 在任中
先代 ターレク・ビン・タイムール・アール・サイード

出生 1940年11月18日(71歳)
オマーンサラーラ
実名 قابوس بن سعيد آل سعيد
カーブース・ビン・サイード・アール・サイード
王室 ブーサイード家
父親 サイード・ビン・タイムール・アール・サイード
母親 マズーン・アール・マシャニ
配偶者 ナワール・ビント・ターレク
居所 アラム宮殿
信仰 イスラム教イバード派

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カーブース・ビン・サイード・アール・サイードアラビア語: قابوس بن سعيد آل سعيد‎, ラテン文字転写: Qābūs bin Sa’īd Āl Sa’īd1940年11月18日 - )は、オマーン国王(在位:1970年7月23日 - )。首相、国防相、外相、財務相を兼任する。18世紀から続くブーサイード家の第14代君主にあたる。

[編集] 経歴

代々のスルタンを出してきた南部の港町サラーラの出身。イギリスサンドハースト王立陸軍士官学校を卒業し、イギリス軍で軍歴を持った後1964年に帰国。父である当時の国王サイード・ビン・タイムール・アール・サイードの保守的な政治制度に反対し、1970年7月にイギリスの支援を受けて宮廷内クーデターを起こして父国王を追放、自身が国王に即位した。

鎖国政策を放棄して1971年にはオマーンを国連に加盟させる一方、イバード派のイデオロギーに基づくイスラム的伝統を堅持しつつ、国王の主導による近代化政策を強固に押し進めている。

親米派として知られる。父王の弟ターレク王子の娘ナワール王女と結婚したが間もなく離婚し、以後現在まで独身。子供はおらず、後継者も指名していない。趣味は乗馬

[編集] 外部リンク

先代:
サイード・ビン・タイムール・アール・サイード
オマーン国王
1970年 -
次代:
現国王
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