カーネルジョン
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| カーネルジョン | |
|---|---|
| 英字表記 | Colonel John |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 2005年3月4日(8歳) |
| 父 | Tiznow |
| 母 | Sweet Damsel |
| 母の父 | Turkoman |
| 生国 | (ケンタッキー州) |
| 生産 | WinStar Farm |
| 馬主 | WinStar Farm |
| 調教師 | Eoin G. Harty(アメリカ) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 15戦6勝 |
| 獲得賞金 | 177万9012ドル |
カーネルジョン (Colonel John) はアメリカ合衆国で生産された競走馬である。おもな勝ち鞍は2008年サンタアニタダービー、トラヴァーズステークス。
目次 |
経歴 [編集]
2007年(2歳) [編集]
アメリカの Eoin G. Harty厩舎に所属し、8月にデビューするものの2着に敗れる。2歳時は、リアルクワイエットステークス(準重賞)優勝、キャッシュコールフューチュリティ2着などの実績を残して終える。
2008年(3歳) [編集]
3歳時はシャムステークス(G3)から始動し優勝。続くサンタアニタダービーも強烈な末脚で差し切って、初G1制覇を成し遂げる。一躍ケンタッキーダービーの有力候補となるが、ここまでAWトラックでしか走ったことがなく、この時点でのダート適性は未知数でもあった。ダービーではBig Brownの前に6着と敗れたものの、夏に開催されたトラヴァーズステークスでは父Tiznow譲りの勝負根性を発揮し、1着でゴール。ダートでもG1レースを制覇し、コースを問わない適性の高さを見せる。
2009年(4歳) [編集]
4歳時は熱発などで調整が遅れたものの[1]、7月末に芝レースのウィッカーステークスで復帰し、優勝。このまま芝路線に進むかとも思われたが、僚馬でその年のドバイワールドカップを優勝していたWell Armedの骨折もあり、AW路線に戻る[2]。その後、パシフィッククラシックステークス、グッドウッドステークス、ブリーダーズカップクラシックなどに出走するが、いずれも勝ち切れずに引退。2010年からは、生まれ故郷のウインスターファームで種牡馬入りしている。2010年の種付け料は、1万5000米ドル。
血統表 [編集]
| カーネルジョンの血統 (インテント系(マンノウォー系) / Northern Dancer5.5×5=9.38%) | |||
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父
Tiznow 1997 鹿毛 |
Cee's Tizzy 1987 芦毛 |
Relaunch | In Reality |
| Foggy Note | |||
| Tizly | Lyphard | ||
| Tizna | |||
| Cee's Song 1986 黒鹿毛 |
Seattle Song | Seattle Slew | |
| Incantation | |||
| Lonely Dancer | *ナイスダンサー | ||
| Sleep Lonely | |||
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母
Sweet Damsel 1995 黒鹿毛 |
Turkoman 1982 黒鹿毛 |
Alydar | Raise a Native |
| Sweet Tooth | |||
| Taba | Table Play | ||
| Filipina | |||
| Grande Dame 1986 芦毛 |
Zen | Damascus | |
| Penny Bryn | |||
| Fia | One for All | ||
| Stricks n'Stones F-No.5 | |||
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ、Racing Post