カーティス・ロバーツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

カーティス・ロバーツKurtis Roberts, 1978年11月17日 - )はアメリカ合衆国カリフォルニア州ターロック出身のオートバイレーサーである。AMAスーパーバイクロードレース世界選手権で活躍した。父親は3年連続500ccクラスワールドチャンピオンになったケニー・ロバーツであり、2000年の500ccクラスワールドチャンピオンであるケニー・ロバーツ・ジュニアは実兄。

AMA[編集]

1998年、カーティスは実力を認められてホンダサテライト・チームであるエリオン・ホンダに加わり、AMA250ccクラスを戦った。この年は3勝を挙げて250ccクラスランキング2位を獲得し[1]、600ccスーパースポーツレースにも数戦出場した。

1999年と2000年にはフォーミュラ・エクストリームのタイトルを獲得。2000年は同時に600ccスーパースポーツのタイトルも獲っている。[1]

2001年は名門アメリカ・ホンダに移籍してAMAスーパーバイクシリーズに参戦、3度表彰台に立つ活躍を見せる[1]。2002年は怪我のために一年間を棒に振ったが、翌2003年にはスーパーバイク初勝利を挙げてランキング3位を獲得した[2]

2004年にMotoGPを戦った後、2005年にはエリオン・ホンダに戻ってフォーミュラ・エクストリームを戦い、初戦のデイトナ200で2位に入る[3]もののその後は目立った成績を残せなかった[4]

世界選手権[編集]

カーティスの世界選手権デビューは1997年WGP250ccクラスである。

2004年には父親であるケニー・ロバーツ率いるプロトン・チームKRでMotoGPクラスに参戦したが、マシンの戦闘力の問題もあってシーズンを通して1ポイントを獲得するのがやっとであった。

2006年はチーム・ペデルチーニからドゥカティスーパーバイク世界選手権に参戦[5]

2007年には元AMAスーパーバイクチャンピオンのダグ・チャンドラーとともにチームを結成する計画を立てたが断念[6]、再び父親のMotoGPチームに戻ることになった。マシンの戦闘力不足に業を煮やして参戦を休止した実兄のケニー・ロバーツ・ジュニア[7]と入れ替わる形でシーズン途中から参戦したカーティスは、3戦連続を含む5戦でポイント圏内でフィニッシュした[8]

戦績[編集]

ロードレース世界選手権[編集]

クラス マシン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
1997年 250cc ホンダ MAL
Ret
JPN
Ret
SPA
Ret
ITA
Ret
AUT
18
FRA
-
NED
-
IMO
-
GER
22
BRA
18
GBR
18
CZE
18
CAT
19
INA
-
AUS
-
- 0
2001年 500cc プロトンKR JPN
-
RSA
-
SPA
-
FRA
-
ITA
-
CAT
-
NED
-
GBR
-
GER
-
CZE
-
POR
-
VAL
-
PAC
-
AUS
-
MAL
Ret
BRA
-
- 0
2004年 MotoGP プロトンKR RSA
-
SPA
Ret
FRA
15
ITA
DNS
CAT
Ret
NED
Ret
BRA
19
GER
Ret
GBR
Ret
CZE
-
POR
-
JPN
-
QAT
-
MAL
-
AUS
-
VAL
DNS
29位 1
2005年 MotoGP プロトンKR SPA
-
POR
-
CHN
-
FRA
-
ITA
-
CAT
-
NED
-
USA
-
GBR
-
GER
-
CZE
-
JPN
-
MAL
-
QAT
-
AUS
-
TUR
-
VAL
Ret
- 0
2007年 MotoGP KR211V QAT
-
SPA
-
TUR
-
CHN
-
FRA
-
ITA
Ret
CAT
18
GBR
13
NED
15
GER
12
USA
Ret
CZE
15
RSM
15
POR
Ret
JPN
Ret
AUS
17
MAL
20
VAL
Ret
19位 10

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]