カロル・スタニスワフ・ラジヴィウ (1669-1719)
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| カロル・スタニスワフ・ラジヴィウ | ||
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| 家系 | ラジヴィウ家 | |
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| 両親 | ミハウ・カジミェシュ・ラジヴィウ カタジナ・ソビェスカ |
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| 配偶 | アンナ・カタジナ・サングシュコ | |
| 子女 | カタジナ・バルバラ ミコワイ・クシシュトフ ミハウ・カジミェシュ コンスタンツィア・フランツィスカ カロリナ・テレサ テクラ・ルジャ アンナ・アレクサンドラ アルブリフト・スタニスワフ クリスティナ・エレナ ルドヴィク・ミコワイ スタニスワフ・イェジー ヒェロニム・フロリアン |
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| 出生 | 1669年11月27日 | |
| 生地 | クラクフ | |
| 死去 | 1719年8月2日 | |
| 没地 | ビャワ | |
カロル・スタニスワフ・ラジヴィウ(ポーランド語:Karol Stanisław Radziwiłł;リトアニア語:Karolis Stanislovas Radvila、1669年 - 1719年)は、ポーランド・リトアニア共和国の貴族、公(帝国諸侯)。
リトアニアの副大法官、野戦ヘトマンのミハウ・カジミェシュ・ラジヴィウと、ポーランド王ヤン3世ソビェスキの妹カタジナとの間に生まれた。ネスヴィジのオルディナト(世襲領主)を相続、1685年よりリトアニア大膳官を、1686年よりリトアニア騎兵隊長官を、1690年よりリトアニア副大法官を、1698年よりリトアニア大法官およびヴィリニュスの徴税官(Ciwun)を務めた。また白鷲勲章を授与されている。