カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルン
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カロリーネ・アウグステ・フォン・バイエルン(Karoline Auguste von Bayern, 1792年2月8日 - 1873年2月9日)は、バイエルン王国の王女。バイエルン王マクシミリアン1世の三女で、ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世の最初の妃、次いでオーストリア皇帝フランツ1世の4人目の妃となった。
1792年2月8日、バイエルン選帝侯マクシミリアン4世ヨーゼフ(後のバイエルン王マクシミリアン1世)とその最初の妃であったアウグステ・ヴィルヘルミーネ・フォン・ヘッセン=ダルムシュタットの間に第4子としてマンハイムで生まれた。
1808年6月8日にミュンヘンでヴュルテンベルク王太子ヴィルヘルムと結婚するが、1814年に離縁した。その後1816年11月10日にウィーンで、オーストリア皇帝フランツ1世と再婚した。
生涯を通じ、子に恵まれることはなかった。なお、異母妹の一人のゾフィーがフランツ1世の三男フランツ・カール大公と結婚して皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を、もう一人のルドヴィカが同族のバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフと結婚してその皇后エリーザベトをもうけている。
カロリーネ・アウグステは1873年2月9日にウィーンで死去した。遺骨はウィーン・カプツィーナー教会の皇帝納骨所(カイザーグルフト)に収められている。