カレル・アブラハム

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カレル・アブラハム
Karel Abraham Motoracereports.jpg
2011年 イギリスGP
国籍 チェコの旗 チェコ
生年月日 1990年1月2日(24歳)
出身地 ブルノ
ロードレース世界選手権での記録
- MotoGPクラスに参戦 -
現在のチーム カルディオンABモトレーシング
ゼッケン 17
チャンピオン 0
レース数 123
優勝回数 1
表彰台回数 2
PP回数 0
FL回数 1
通算獲得ポイント 372
2012年の成績 14位 ( 59ポイント )

カレル・アブラハム ( Karel Abraham, 1990年1月2日 - ) は、チェコブルノ出身のオートバイレーサー2011年よりロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦中。

経歴[編集]

キャリア初期[編集]

6歳から11歳のときまではアルペンスキー競技に参加していたが、その後ロードレースに転向。2003年にはチェコ国内のロードレース選手権125ccジュニアBクラスでシリーズ3位に入り、「タレント・オブ・ザ・イヤー」賞を受賞した。翌2004年はチェコ、ドイツ、そしてヨーロッパロードレース選手権に参戦した[1]

125ccクラス (2005-2006)[編集]

2005年にはチーム・センプルッチよりダリオ・ギウセペッティをチームメイトにロードレース世界選手権125ccクラスにデビューを果たしたが、ノーポイントに終わった。2006年には現在も所属する、父カレル・アブラハム・シニアがオーナー兼チームマネージャーを務める「カルディオン・ABモトレーシング」に移籍。2度ポイント圏内での完走を果たしシリーズランキング24位を記録した。なおカルディオンはチェコの医療機器メーカーであり、ブルノ・サーキットで開催されるチェコグランプリの冠スポンサーとなっている[2]。富豪であるアブラハム・シニアはブルノ・サーキットを所有している[3]

250ccクラス (2007-2009)[編集]

2007年シーズンは250ccクラスにステップアップを果たした。クラス1年目は2度10位入賞したのがベストリザルトとなり、シリーズ16位を記録した。翌2008年は2度の7位を記録し、同じくシリーズ16位となった。

250ccクラス最後となった2009年シーズンは、第14戦オーストラリアGP最終戦バレンシアGPでベストリザルトとなる6位入賞を記録、74ポイントを獲得しシリーズ14位を記録した。

Moto2クラス (2010)[編集]

2010年 イギリスGP

グランプリ参戦6年目となる2010年は、250ccクラス後継のMoto2クラスに参戦。当初チームはRSV製のシャシーを使用していたが、第3戦フランスGPからはFTR製に変更[4]第7戦カタルニアGPでは4位に入賞した。第14戦日本GPではアレックス・デ・アンジェリスとの熾烈なバトルを制して初の3位表彰台を獲得[5]、そして最終戦バレンシアGPトニ・エリアスフリアン・シモンアンドレア・イアンノーネらとの激戦を展開、ファイナルラップの混乱の隙を突いて初優勝を飾った[6]

MotoGPクラス[編集]

2011[編集]

2011年 ポルトガルGP

地元チェコGP開催中の2010年8月14日、アブラハムは翌2011年からチームと共にMotoGPクラスにステップアップすることが発表された[7]。この時点では表彰台の経験すらなかったアブラハムの最高峰クラス参戦に対し、ケーシー・ストーナーは「金でシートを買った」ことを非難するコメントを発した[3]。アブラハムの父で、同チームの代表を務めるカレル・アブラハム・シニアは、チェコの医療機器販売会社「カルディオン」と、チェコGP開催で知られるブルノサーキットを所有する大富豪。同チームは息子をWGPロードレース世界選手権)で走らせるために作られた。

しかしドゥカティ・デスモセディチGP11を駆ったアブラハムは開幕前の合同テストで着実にラップタイムを向上させていき[8]、雨のサバイバルレースとなった第2戦スペインGPでは途中転倒もあったものの7位に入賞した[9]第6戦イギリスGPの予選ではワークスバレンティーノ・ロッシらを差し置いてドゥカティ勢トップとなる6番グリッドを獲得してみせた[10]

その後もポイントを重ねて、カル・クラッチロールーキー・オブ・ザ・イヤーの座を巡ってランキング争いを展開した。1ポイントのビハインドで迎えた最終戦バレンシアGPでは直接5位争いの激しいバトルを展開したがファイナルラップに転倒[11]、年間ランキングではクラッチローから6ポイント差の14位となった。

2012[編集]

2012年もアブラハムは父のチームに残留、1000ccのデスモセディチGP12を駆ってクラス2年目のシーズンを迎える[12]

2013[編集]

過去2年ドゥカティより出場したが、2013年シーズンからプロトタイプのMotoGPマシンは1メーカー4台という枠組みができたため、戦闘力の劣るCRTマシンの「ARTアプリリア」で出場することになった。

ロードレース世界選手権 戦績[編集]

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
2005年 125cc アプリリア SPA
22
POR
Ret
CHN
27
FRA
21
ITA
27
CAT
Ret
NED
Ret
--- GBR
17
GER
17
CZE
Ret
JPN
28
MAL
Ret
QAT
28
AUS TUR
18
VAL
Ret
NC 0
2006年 125cc アプリリア SPA
23
QAT
24
TUR
22
CHN
26
FRA
25
ITA
Ret
CAT
21
NED
Ret
GBR
28
GER
Ret
--- CZE
Ret
MAL
18
AUS
17
JPN
13
POR
11
VAL
Ret
24位 8
2007年 250cc アプリリア QAT
Ret
SPA
15
TUR
12
CHN
Ret
FRA
Ret
ITA
16
CAT
14
GBR
10
NED
15
GER
Ret
--- CZE
14
RSM
14
POR
10
JPN
Ret
AUS
13
MAL
12
VAL
Ret
16位 31
2008年 250cc アプリリア QAT
7
SPA
13
POR
16
CHN
Ret
FRA
Ret
ITA
7
CAT
Ret
GBR
12
NED
Ret
GER
Ret
--- CZE
Ret
RSM
10
IND JPN AUS
11
MAL
12
VAL
17
16位 40
2009年 250cc アプリリア QAT
Ret
JPN
9
SPA
Ret
FRA
12
ITA
13
CAT
8
NED
7
--- GER
Ret
GBR
14
CZE
Ret
IND
10
RSM
11
POR
10
AUS
6
MAL
12
VAL
6
14位 74
2010年 Moto2 RSV QAT
14
SPA
28
--- 10位 96
FTR FRA
Ret
ITA
17
GBR
Ret
NED
9
CAT
4
GER
5
CZE
DNS
IND
DNQ
RSM
DNS
ARA
18
JPN
3
MAL
6
AUS
10
POR
10
VAL
1
2011年 MotoGP ドゥカティ QAT
13
SPA
7
POR
Ret
FRA
10
CAT
10
GBR
7
NED
Ret
ITA
12
GER
12
USA
11
CZE
Ret
IND
Ret
RSM
12
ARA
Ret
JPN
DNS
AUS
10
MAL
C
VAL
8
14位 64
2012年 MotoGP ドゥカティ QAT
Ret
SPA
17
POR
Ret
FRA
Ret
CAT
Ret
GBR
WD
NED
DNS
GER
ITA
USA
10
IND
8
CZE
9
RSM
Ret
ARA
9
JPN
11
MAL
10
AUS
9
VAL
7
14位 59
2013年 MotoGP ART QAT
Ret
AME
SPA
FRA
ITA
CAT
NED
GER
USA
IND
CZE
GBR
RSM
ARA
MAL
AUS
JPN
VAL
NC* 0*
  • * は、シーズン中の順位とポイント。

脚注[編集]

外部リンク[編集]