カルロ・マルテッロ・ダンジョ

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カルロ・マルテッロ・ダンジョ

カルロ・マルテッロ・ダンジョ(Carlo Martello d'Angiò, 1271年9月8日 - 1295年8月12日)は、ナポリカルロ2世の長男で、ハンガリー王位請求者。フランス名でシャルル・マルテル・ダンジュー(Charles Martel d'Anjou)とも呼ばれる。母はハンガリー王イシュトヴァーン5世の娘マーリア。また、父方の叔母イザベッラ(エルジェーベト)は、母マーリアの弟であるラースロー4世の妃であった。アンジュー=シチリア家の分枝の一つでハンガリー王家となったアンジュー=ハンガリー家の祖である。

叔父であるラースロー4世が1290年に暗殺された際、自身の王位継承を主張してアンドラーシュ3世の即位を認めず、名目上のハンガリー王を称した。カルロ・マルテッロの王位は教皇ニコラウス4世によって、十字軍の派兵を条件に承認された。しかし1295年、カルロ・マルテッロはアンドラーシュより先に23歳で早世した。

神聖ローマ皇帝ルドルフ1世の娘クレメンツィア(1262年 - 1293年)と結婚し、1男2女をもうけた(イタリア名/ハンガリー名の順に記す)。

1301年にアンドラーシュ3世が死去してアールパード朝が断絶した後、ハンガリー王位はアールパード家の女系子孫によって争われ、最終的に息子カルロ・ロベルトが正式の戴冠を果たした。