カルロス・モンソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カルロス・モンソン
Carlos Monzón.JPG
カルロス・モンソン、1967年
基本情報
本名 Carlos Roque Monzón
通称 Escopeta
階級 ミドル級
身長 181cm
リーチ 190cm
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
誕生日 1942年8月7日
出身地 アルゼンチンの旗 アルゼンチンサンタフェ州
死没日 1995年1月8日(満52歳没)
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 102
勝ち 89
KO勝ち 61
敗け 3
引き分け 9
無効試合 1
テンプレートを表示

カルロス・モンソンCarlos Monzon1942年8月7日 - 1995年1月8日)は、アルゼンチン出身の元プロボクサー。元WBAWBC世界ミドル級王者。身長181cm。

1970年の王座獲得以来、無類のスタミナ、タフネスを武器に連続14度のミドル級王座防衛を達成した。1977年7月30日ロドリゴ・バルデスコロンビア)に15R判定勝ちして14度目の防衛に成功すると、「もうリングの中で証明するものは何も無い」と言い残し、統一王者のまま引退した。

世界王者となってからは引き分けはおろか、一度の敗北も喫することが無く、1970年代パウンド・フォー・パウンド最強の一人とされた。

快楽主義者で自由奔放な性格。練習嫌いとも噂されていたが、リング上では強さを見せた。

来歴[編集]

1942年8月7日、サンタフェに12人兄弟の8番目として生まれる。

1963年2月6日、ラモン・モンテネグロを2回KOしてプロデビューを飾る。

1970年11月7日ニノ・ベンベヌチイタリア)に12RKO勝ちでWBAWBC世界ミドル級王座奪取。1971年5月に行われた初防衛戦での再戦でも3RKO勝ちで勝利。

1971年9月25日ウェルター級、ミドル級の二階級で世界王者となったエミール・グリフィス米国)に14RTKO勝ちで2度目の防衛。1973年6月に行われた再戦でも15R判定勝ちで7度目の防衛に成功。

1974年2月9日、WBA・WBC世界ウェルター級王者ホセ・ナポレスキューバ)の挑戦を受け、7RTKO勝ちで9度目の防衛に成功。

1976年6月26日、WBCがモンソンからタイトル剥奪後、WBC王者となっていたロドリゴ・バルデスコロンビア)と統一戦を行い、15R判定勝ちで13度目の防衛に成功すると共に、世界ミドル級王座再統一。

1977年7月30日、ロドリゴ・バルデスとの再戦に15R判定勝ちし14度目の防衛成功。この試合を最後に王座を返上し引退。

引退後の1988年、元恋人のマリシア・ミュニズ殺害の罪で懲役11年の実刑判決を受けサンタフェ刑務所に服役することになる。1995年1月8日、仮出所中に自らが運転する車で事故を起こして死亡した。52歳没。

スタイル[編集]

  • 確かにパンチは強かったが、世界ミドル級にあって特筆すべき強打者だったわけではない。敗れた挑戦者たちから「あのリーチにやられただけだ。彼は全然巧くも強くもない」という主旨のコメントが出ることもあった。攻撃、防御ともに単調で、足を引き摺るようなフットワークはむしろ鈍重とも映ったが、戦えば同時代の挑戦者たちを全く寄せ付けなかった。こうしたモンソンの強さを、ジョー小泉は「形容詞なき強さ」と評している。
  • 最大の武器は後半でも息切れしないスタミナ、そして肉体的、精神的なタフネスだったといえる。181cmの長身、190cmのリーチを十分に生かしてロングレンジを保ち、ワンツー、及び返しの左フックを的確にヒット、相手をマットに沈めていった。

獲得タイトル[編集]

  • 第37代WBA世界ミドル級王座(防衛14度)
  • 第8代WBC世界ミドル級王座(防衛9度)
  • 第10代WBC世界ミドル級王座(防衛1度)

参考文献[編集]

  • 『80年代のリングは輝いていた 〜世界のトップボクサー 技術分析〜』(ジョー小泉著、リング・ジャパン刊)
  • 『ゴング・ワールド・ボクシング 戦慄のミドル級』(日本スポーツ出版社刊)

関連項目[編集]

前王者
ニノ・ベンベヌチ
第37代WBA世界ミドル級王者

1970年11月7日 - 1977年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ロドリゴ・バルデス
前王者
ニノ・ベンベヌチ
第8代WBC世界ミドル級王者

1970年11月7日 - 1974年(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
ロドリゴ・バルデス
前王者
ロドリゴ・バルデス
第10代WBC世界ミドル級王者

1976年6月26日 - 1977年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ロドリゴ・バルデス