カルロス・トシキ

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カルロス・トシキ
基本情報
出生名 カルロス・トシキ・タカハシ
別名 鷹橋 敏輝
出生 1964年4月7日(47歳)
血液型 O型
出身地 ブラジルパラナ州マリンガ
ジャンル ポップ・ミュージック
ロック
職業 シンガーソングライター
活動期間 1986年 ~
レーベル EMIミュージックジャパン
共同作業者 田村直美
岩里祐穂
和泉常寛
月光恵亮
ジョニー・フィンガーズ

カルロス・トシキ(本名:カルロス・トシキ・タカハシ / 高橋 カルロス 敏樹(たかはし カルロス としき)、1964年4月7日 - )は、日系ブラジル人歌手。血液型O型。鷹橋 敏輝(たかはし としき)の芸名でも活動した。


目次

[編集] プロフィール

ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身。AORバンド1986オメガトライブ / カルロス・トシキ&オメガトライブ」のボーカリスト。来日後、インディーズでシングルを1枚リリース、その後、トライアングルプロダクションと契約し、メジャーデビューの準備をしていたが、解散(実質は杉山清貴・大島孝夫・廣石惠一が脱退)した「オメガトライブ」の再編に参加した。参加後は「君は1000%」などのヒット曲を次々とリリースする。歌番組においては、ステップを踏みながら歌う姿が特徴的である。

デビュー前はパラナ州歌謡大賞・童謡の部で優勝、ブラジル歌謡協会主催の全ブラジルに出場、16歳に時に少年の部で優勝、17歳の時に青年の部で西城秀樹の「ブルースカイブルー」を歌い優勝をしている[1]

1982年に来日した。1985年にソロのシングルCD「ルシア」でデビューする。同年にプロデューサー・藤田浩一にデモテープが届いた後、藤田と出会い、トライアングルプロダクションと契約し、1986オメガトライブのデビューのきっかけとなる。初のTV出演は『おはようスタジオ』で「小鹿のバンビ」をア・カペラで歌っていた[1]

1991年にオメガトライブ解散後、ソロ活動を開始する。1994年にシングル「FOREVER」発売を機に鷹橋敏輝と改名した。1995年にアルバム『Shake It Down』発売後、母国のブラジルへ帰国する。1995年頃、鷹橋のCDに記載されている、INES MUSICA内、鷹橋敏輝ファンクラブ「Clocs Tie Club」の時間外限定のテレホンサービスにおいて、スタッフからカルロスの結婚の発表があった。

2000年『あの人は今!?』に緊急来日して12年ぶりにテレビ出演し、大ヒット曲「君は1000%」と「アクアマリンのままでいて」を歌唱した。更に2010年、フジテレビ系列『大追跡!あのニュースの続き』に出演し、10年ぶりに再び「君は1000%」を披露した。

現在は音楽活動を休止し、ブラジルでレストランを経営している。また、2010年現在はブラジルの品種改良会社「テクノ・プランタ」の責任者である。

好物はピラニア天ぷらであることが、1986年の『ザ・ベストテン』で判明している。

[編集] エピソード

  • 歌のトップテン』の最終回ではコメントを求められたが、番組名を間違って「僕、ブラジルでもこのザ・ベストテンを見てて」と言ってしまい、他のメンバーや出演者らからはやし立てられていた。
  • 夜のヒットスタジオ』でマルシアと共演したときには、ポルトガル語で雑談をしていた。また、英語も堪能で、オメガトライブのメンバーであったジョイ・マッコイとは英語で会話をしていた。
  • 徹子の部屋』においては、日本に来て間もないこともあり言葉や漢字に苦戦し、立ち食い蕎麦屋で「五目そば」が読めず「いつつめそば」といった後、読める文章のメニューに即、変更していたとのことである。
  • ラジオのヒットチャート番組でゲスト出演時、ファンからの葉書の名前を読むように頼まれた際、呼び捨てで列挙しだし、司会が少し慌てて敬称をつけるよう頼んだ。

[編集] オメガトライブ結成前

[編集] CARLOS

[編集] シングル

  • ルシア[1]
    • 発売元はポリドール、品番は「DI5020」。正式な発売年月日は不明。このシングルは、1982年にブラジルで発売するため、約3000枚製作された。このシングルの発売後、所属していたプロダクションの社長が1985年に亡くなり、トライアングルトライアングル・プロダクションへ移籍、その後オメガトライブの一員としてデビューした[2]

[編集] オメガトライブ楽曲

[編集] シングル

[編集] 1986オメガトライブ

[編集] カルロス・トシキ&オメガトライブ

[編集] アルバム

[編集] 1986オメガトライブ

Q盤では『Navigator』『Crystal Night』が復刻している。

[編集] カルロス・トシキ&オメガトライブ

[編集] 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ他

[編集] ビデオ

[編集] 通販CD

[編集] 1986オメガトライブ

[編集] カルロス・トシキ&オメガトライブ

[編集] オメガトライブ解散後

[編集] カルロス・トシキ

[編集] シングル

  • 夜明けまでボーダレス (1991年11月28日)
  • I Love Japan (1993年4月1日)
  • PASSION (1993年10月21日)
  • 夢を見させて

[編集] アルバム

  • EMOTIONAL-右側のハートたちへ- (1991年12月21日)
  • アルキミスト (1993年3月1日)
  • どうしてだろう (1994年5月21日)

[編集] ビデオ

[編集] 鷹橋敏輝

[編集] シングル

[編集] アルバム

[編集] ラジオ番組

[編集] その他の出演

[編集] 書籍

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d 『1983 - 1991 1986OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX Our Graduation』のブックレットより。
  2. ^ 春樹の小部屋というブログにこのシングルの記載をしたところ、2008年11月4日に作曲者本人からこのシングルにまつわるエピソードが書き込まれている。
  3. ^ アルバム・DOWN TOWN MYSTERYのDAYLIGTHとNIGTH TIMEの2バージョン曲なども含む。

[編集] 関連項目

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