カルチョ・フィオレンティノ

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カルチョ・フィオレンティノの競技場と開始位置の絵。Pietro di Lorenzo Biniの1688年の本から。

カルチョ・フィオレンティノ: Calcio fiorentino)は、16世紀のイタリアに起源を持つ初期フットボールの一種である。フィレンツェサンタ・クローチェ広場がこのスポーツの揺り籠であり、「giuoco del calcio fiorentino」(フィレンツェのカルチョゲーム)あるいは単にcalcio(カルチョ)として知られるようになった。「カルチョ」は後にイタリア語サッカーを示す名称となった。

カルチョの公式ルールは1580年[1]ジョヴァンニ・デ・バルディ伯爵[2]によって初めて発表された。ローマのハルパストゥムと同様に、カルチョは27名からなるチームによって足と手の両方を使ってプレーされた。ゴールは競技場の周辺の指定された場所にボールを投げ入れることによって得られた。競技場はゴールを構成する狭いスリットのある巨大な砂場である。主審が1人、線審が6人、フィールドマスターが1人いる。それぞれの試合は50分間行われ、最も多い点を得たチームが勝者となる。

元々、カルチョは裕福な貴族のものであり[1]公現祭四旬節の間の毎晩行われた。バチカンでは、クレメンス7世レオ11世ウルバヌス8世といった教皇でさえもカルチョをプレーしたことが知られている。

カルチョは200年あまりの間行われていなかったが、20世紀に入って1930年に復興された[1]。今日では、サンタ・クローチェ広場で毎年6月第3週に3試合が行われている。4チームがまず最初の2試合でそれぞれ対戦し、勝者がフィレンツェの守護聖人である聖ジョヴァンニの日、6月24日に行われる決勝に進む。現代版ではヘッドバット、パンチ、肘撃、首締めといった戦術は許されているが、不意打ちや頭部への蹴りは禁止されている[1]

チーム[編集]

アズーリとロッシの試合
  • Santa Croce / Azzurri(青)
  • Santa Maria Novella / Rossi(赤)
  • Santo Spirito / Bianchi(白)
  • San Giovanni / Verdi(緑)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d Halpern, J. Balls and Blood, Sports Illustrated. Vol 109, No. 4: August 4, 2008, p. 42.
  2. ^ Bardi, Cosimo. Discorso sopra il giuoco del calcio fiorentino del Puro Accademico Alterato. In Firenze : nella Stamperia de' Giunti, 1580

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯43度46分08秒 東経11度15分42秒 / 北緯43.76880度 東経11.26160度 / 43.76880; 11.26160