カムイ

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カムイ(kamui)は、アイヌ語で神格を有する高位の霊的存在のこと。アイヌ民族の伝統的信仰は日本神道に近いとする説もあり、その場合多神教に分類される。カムイが日本語カミの語源あるいは共通起源の語彙であるとする説もあるが、現代日本語の「かみ」とは多少意味が異なり、「霊」や「自然」と表現してもおかしくない。一方、日本神道の「八百万の神」も、アイヌの信仰文化と同様の「アニミズム」の特徴があるという説も根強くある。[1]神威神居と当て字されることもある。

目次

[編集] アイヌとカムイ

アイヌ民族の伝統的な世界観では、カムイは動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、「ある固有の能力を有しているもの」、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。 そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている。

カムイは、本来神々の世界であるカムイ・モシリ(kamuy mosir)に所属しており、その本来の姿は人間と同じだという。例えば下記のアペ・フチ・カムイ(ape huci kamuy 『火の老婆のカムイ』)なら赤い小袖を着たおばあさんなど、そのものを連想させる姿と考えられている。 そしてある一定の使命を帯びて人間の世界(aynu mosir)にやってくる際、その使命に応じた衣服を身にまとうという。例えばキムン・カムイ(kim un kamuy 『山にいるカムイ』の意味)が人間の世界にやってくる時にはヒグマの衣服(肉体)をまとってくる。言い換えれば我々が目にするヒグマはすべて、人間の世界におけるカムイの仮の姿ということになる。

名称ではキムン・カムイ、コタン・コロ・カムイ(kotan kor kamuy 『集落を護るカムイ』 シマフクロウ)、レプン・カムイ(rep un kamuy 『沖にいるカムイ』 シャチ)のように、「 - カムイ」などのように用いられる。

また、カムイの有する「固有の能力」は人間に都合の良い物ばかりとは限らない。例えば熱病をもたらす疫病神なども、人智の及ばぬ力を振るう存在としてカムイと呼ばれる。このように、人間に災厄をもたらすカムイはウェン・カムイ(wen kamuy 『悪しきカムイ』)と呼ばれ、人間に恩恵をもたらすピリカ・カムイ(pirka kamuy 『善きカムイ』)と同様に畏怖される。カムイという言葉は多くの場合「神」と訳されるが、このようにむしろ「魔神」と訳すべき場合もある。 例えばカムイコタンとは「カムイの村」という意味だが、多くは地形上の難所などであり、「神の村」というより「恐ろしい魔神のいる場所」とした方が実際のイメージに近い。

カムイは神道や他の多くの宗教の「神」とは違い、人間と対等に並び立つ存在とされる。アイヌは、世界は人間とカムイがお互いを支えあうことで成り立っていると考え、カムイをカムイ・モシリへ返還したり、カムイを新しく作るのは、人間が主導権を握っていると考える。

例えば、ヒグマがアイヌの狩りにより捕らえられたとき、それをアイヌは「キムン・カムイが毛皮と肉を持って自分たちのもとにやってきてくれた」と解釈する。アイヌは、キムン・カムイから毛皮や肉など、利用できるものを利用させてもらい、またカムイに感謝してカムイノミ(カムイ送りの儀式)を行って還ってもらう。このようにカムイは人間の役に立てばイナウなどの供物がもらえるが、役に立たなければカムイ・モシリに帰されるという存在である。

[編集] 水のカムイ

アイヌにとって特に大切とされたカムイにはワッカ・ワシ・カムイ(水のカムイ)がある。水はアイヌの人々の生活になくてはならないものであったからである。アイヌの人々は川を、頭を海に接し、山奥に尻を向けている生き物のよう考える。川は海から魚を運んできてくれると考えており、このため生活を魚の採取に頼っているアイヌの人々は川を食料を与えてくれるものとして、ペトルンカムイ(川の霊)といって祀った。

[編集] 樹木/山のカムイ

アイヌは樹木は住居や丸太舟を作るのに有用であると考え、シランパカムイ(樹木のカムイ)と呼んでいた。アイヌの人々は、シランパカムイには性格の良いものと悪いものがいると考えていた。性格の良いカムイというのは家の柱などにしてもなかなか腐らないドスナラエンジュなどのカムイ、悪いものは柱にするとすぐ腐るし火にくべてもまるで用を成さないドロヤナギのような樹木のカムイであるとしていた。

シランパカムイという言葉は、樹木の集合体としての山そのものを意味した。山はクマなどの動物を蓄えていて、アイヌの人々がそれを必要とするときはいつでもそこからもらっていくことのできる、自然の倉庫として考えられていたため、これも神とされていた。遠くのほうにひときわ目立つ大きな山は、道しるべとしてしばしばアイヌの人々も命を助けられてきたため、特にそういう山は二風谷地域の幌尻岳に代表されるように、よく祭られた。

[編集] 家の守護霊

アイヌの考えるカムイはもちろん彼らの住居の中にもあり、家に入って入口のすぐ右側の柱にはエチリリクマッ(夫婦の霊)、囲炉裏の中にはアペ・フチ・カムイ、家のの角にはチセコロカムイ(家の守護霊)がいた。

[編集] その他のカムイ

カムイの種類としては、上に登場したものの他にユッコルカムイ(鹿の霊)、シトゥンペカムイ(黒狐の霊)、チェプコルカムイ(魚の霊)、ヌサコルカムイ(御幣棚の霊)、アユシニカムイ(病気を避ける霊)、ネウサラカムイ(話し相手の霊)、レプンシラッキアホウドリの霊)、キムンシラッキキツネの霊)、ホイヌサバカムイ(雨乞いの霊)などもあった。他文化圏においては重視されるトカプチュプカムイ太陽の霊)、カンナカムイの霊)などは生活に密着した存在ではないため、アイヌでは高位の存在とはされたものの深くは信仰されなかった。

[編集] 脚注

  1. ^ なおDNAの染色体の分布では、いわゆる「日本人(Y染色体による系統分析)」には、アイヌほど濃厚ではないが、日本全土にわたって平均的に縄文人の遺伝子である「DEーD2」が見られる。よって遺伝子と同様に、先住民であるアイヌ(遺伝子学上では縄文人の直系子孫と考えられている。)の宗教観と後で日本列島に入ってきた弥生人の宗教観は、遺伝子と共に長い年月をかけて融合した、というのが通説である。 つまり、今日の日本神道の「カミ」概念も多義的な面を含み、アイヌの信仰に似た自然信仰的(アニミズム)な側面を持っているが、それは先住民族であった縄文人の宗教観のアニミズムと、後で日本列島に移り住んできた弥生人の大陸文化の神社神道(鳥居が代表)が融合し、結果として「八百万の神」の宗教文化になった、という説が今日では通説になっている。詳細は神道における神を参照。

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