カフカス・アルバニア王国

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カフカス・アルバニア王国( - おうこく)は紀元前2千年紀末にカフカス南東部、およびアゼルバイジャン領域に存在したアルバニア人によって建国された古代王国である。紀元前3世紀から紀元前2世紀ごろにかけて首都をカバラ英語版に置く国家として明確な形成がなされ、犂耕作放牧、種々の工芸コブスタンなどの文化を築いた。紀元前1世紀ごろにはクル川アゼルバイジャン語: Kür)での戦いにおいてポンペイウスと戦闘した記録が残されている。 なお、このアルバニア人は現代のバルカン半島のアルバニア人とは全くの別民族である。

3世紀から5世紀ごろにかけてはキリスト教が国教となるとともに封建的な国家が形成された。6世紀サーサーン朝の支配下に入るも、7世紀メフル朝の時代に独立を回復する。8世紀カリフ領となりイスラム化が進むとともに国家としての存在は消滅した。

参考文献[編集]

  • 西村めぐみ『民主化以後の南コーカサス』多賀出版、2005年
  • (英語) Ilia Abuladze. About the discovery of the alphabet of the Caucasian Albanians. - "Bulletin of the Institute of Language, History and Material Culture (ENIMK)", Vol. 4, Ch. I, Tbilisi, 1938.

外部リンク[編集]