カノーネンヤークトパンツァー
| 基礎データ | |
|---|---|
| 全長 | 8.75 m(車体長:6.29m) |
| 全幅 | 2.98 m |
| 全高 | 2.10 m |
| 重量 | 25.7t |
| 乗員数 | 4名 |
| 装甲・武装 | |
| 装甲 | 最大50mm |
| 主武装 | ラインメタル BK 90/L40 90mm 対戦車砲 |
| 副武装 | ラインメタルMG3 7.62mm機関銃×2 |
| 備考 | スモーク・ディスチャージ筒×8 |
| 機動力 | |
| 速度 | 70km/h(43.5mph) |
| エンジン | 2,94l MTU MB 837 Aa V8 Ea-500 V型6気筒水冷多燃料ターボディーゼル 500ps(368kw) |
| 懸架・駆動 | トーションバー |
| 行動距離 | 385km |
カノーネンヤークトパンツァー 4–5(KJPz.4-5(ドイツ語: Kanonenjagdpanzer 4–5):カノン砲(装備型)駆逐戦車4-5)はドイツ連邦軍が開発・装備した駆逐戦車である。
目次 |
概要 [編集]
本車は第二次世界大戦後に西ドイツで開発された40.4口径90mm対戦車砲を搭載した駆逐戦車である。
ドイツは第二次世界大戦において、旋回砲塔を持たない代わりに車高が低く、同規模の車格の旋回砲塔形式の戦車に対してより大口径の主砲を搭載することが可能な各種の駆逐戦車・自走砲・突撃砲を多数投入した。
これらの車両は砲塔が無い分機動戦が苦手で、戦車としては使い辛かったが、防衛戦において活躍した。本車の設計思想にはそれらの車両、特にIV号駆逐戦車等の突撃砲との関連が見られる。
開発 [編集]
本車の開発は1960年より始められ、スイスから導入されて西ドイツ陸軍部隊に配備が進められていた、イスパノ・スイザ社製HS30(Spz.12-3)装甲兵員輸送車のシャーシと走行装置を流用、新設計の車体上部に密閉式の戦闘室を設け、傾斜させた車体前面に90mm砲を搭載するというデザインにまとめられて試作が進められた。
当初はHS30の車体にそのまま90mm砲を搭載する計画であったが、車体が小さすぎる等の問題が発生したため、車体を延長する、車幅を拡張するなどした複数の試作車が開発され、最終的には5次試作車まで開発されている。
1965年には「KJPz.4-5」としてドイツ連邦軍により制式化され、1966年から1967年にヘンシェル社・ハノマーグ社により計770両が生産され、ドイツ陸軍で運用された。1975年4月からは合計80輌がベルギーに輸出されている。
運用 [編集]
本車はレオパルト1と並び冷戦期の西ドイツの防衛を担ったが、ソヴィエトが115mm滑腔砲を搭載したT-62中戦車やT-72等を配備し始めると90mm砲は威力不足が懸念されるようになった。同口径の90mm砲を装備するM47やM48A2に替わり105mm砲を装備するレオパルトIが主力戦車として装備されるようになると、砲威力で戦車に劣っており、主砲を砲郭式に搭載しているため左右それぞれに15度しか射界を持てず、装甲厚で勝る等の利点もない本車の存在意義は薄くなり、高性能な対戦車ミサイルが登場すると、存在価値はさらに低下した。そのため、1983年から1985年にかけて合計163輌が駆逐戦車型から対戦車ミサイル搭載型に改修された。
主砲と防盾を撤去して車体上面にSS-11対戦車ミサイルを装備したRJPz.2(ラケーテンヤークトパンツァー2(ドイツ語: Raketenjagdpanzer 2:ロケット(ミサイル)駆逐戦車2型の意)に加え、HOTミサイルを搭載したヤグアル1(ドイツ語: Jaguar 1:ジャガーの意)や、TOWミサイルを搭載したヤグアル2が改修により生産された。ヤグアルシリーズ改修された車両には若干の装甲強化がなされた。
残る車輌は、砲兵隊用の装甲偵察車両や観測車両(Beobachtungspanzer)に改修され、特に迫撃砲部隊では主砲は取り除かれて観測専任の車両として運用された。
その他 [編集]
かつてタミヤは自社製の本車のプラモデルに「カノン」という独自の愛称を与えていた。なお、この名称は「カノーネンヤークトパンツァー」の「カノーネン」の部分から取られた物と思われる。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Panzerbär (de、2010-02-27リンク確認)