カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ
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| カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ Princess Catharina-Amalia |
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|---|---|
| De Prinses van Oranje | |
2013年
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| 続柄 | ウィレム=アレクサンダー国王第一子王女 |
| 称号 | オラニエ女公 オラニエ=ナッサウ公女 オランダ王女 |
| 全名 | カタリナ=アマリア・ベアトリクス・カルメン・ヴィクトリア |
| 身位 | 皇太女(De Prinses van Oranje) |
| 敬称 | 殿下(Koninklijke Hoogheid) |
| 出生 | 2003年12月7日(9歳) |
| 父親 | ウィレム=アレクサンダー |
| 母親 | マクシマ・ソレギエタ |
| オランダ王室 |
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カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ(Catharina-Amalia van Oranje-Nassau, 2003年12月7日 - )は、オランダ国王ウィレム=アレクサンダーの第一子でオラニエ皇太女[1](オラニエ女公)。全名はカタリナ=アマリア・ベアトリクス・カルメン・ヴィクトリア(Catharina-Amalia Beatrix Carmen Victoria)で、通常は「アマリア」、公式には「カタリナ=アマリア」と呼ばれる。
人物[編集]
2003年12月7日、ヴィレム・アレクサンダーとその妃であるマクシマ・ソレギエタの間に第一子としてハーグで生まれた。王女の誕生が公にされた後、オランダ国内の4か所で王女の誕生を祝う101発の礼砲が発射された。
洗礼は2004年6月12日にハーグで行われ、おじのコンスタンティン王子、マクシマ妃の弟マルティン・ソレギエタ、ヴィクトリア王太女が代父母となった。
また2010年6月19日に行われたヴィクトリア王太子の結婚式ではイングリッド王女、クリスチャン王子と共に花嫁の付き添い人を努めた。
2002年1月25日に出された勅令により、カタリナ=アマリアはオランダ王女(Prinses der Nederlanden)およびオラニエ=ナッサウ公女(prinses van Oranje-Nassau)の称号と殿下(Koninklijke Hoogheid)の敬称を持つ。
2013年、ヴィレム=アレクサンダーの即位に伴い王位の法定推定相続人としてオラニエ女公(Prinses van Oranje)となった。
脚注[編集]
- ^ オランダ国王即位式のプログラム(2013年4月23日)、オランダ大使館・オランダ総領事館, Japan、2013年4月30日閲覧。
| 上位: - |
オランダ王位継承権者 継承順位第 1 位 |
下位: アレクシア王女 |
| 上位: ベアトリクス王女 オランダ王女 |
イギリス王位継承順位 継承順位第 813 位 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位: アレクシア王女 オランダ王女 |