カジミエラス・ウオカ
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リトアニアの政治家
カジミエラス・ウオカ
Kazimieras Uoka
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| 生年月日 | 1951年3月4日(62歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | ヴィリニュス大学 |
| 所属政党 | (社会民主党→) (民族主義者同盟→) (祖国同盟→) 民族主義者同盟(2011年 - ) |
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| 選挙区 | カイシェドリース=エレクトレナイ選挙区(第59選挙区)[1] |
| 当選回数 | 2 |
| 任期 | 1992年 - 1996年 |
| 任期 | 2009年 - |
カジミエラス・ウオカ(Kazimieras Uoka、1951年3月4日 - )は、リトアニアの政治家。リトアニア独立回復宣言書に署名したメンバーの一人。
経歴[編集]
1969年、ヴィリヤンポレ中等学校を卒業。1976年、ヴィルニュス大学歴史学部を卒業。
1969年より1971年までソヴィエト軍にて兵役。1988年6月より改革運動サユディスの幹部として活躍。1989年から1991年までサユディスの書記を務めた。
1988年、リトアニア労働者同盟を設立し、1991年1月12日まで議長を務めた。1989年4月、リトアニア社会民主党の再結党に関わり、幹部を務めた。
2000年には「リトアニア緑の運動」のメンバーとなり、2001年、国家民主党党員、2001年から2002年まで国家民主党党首を務めた。2004年から2008年までリトアニア人民族主義者同盟の幹部を務めた。2008年より祖国同盟に所属。2011年、ソンガイラとともに祖国同盟を離党し、民族主義者同盟を再結党した。
1992年から1996年まで、そして2009年以降、国会議員も務めている。
話題になった言動[編集]
2010年5月、彼は同性愛者のデモ行進に反対する声明を発表。
同月9日に行われた「第二次世界大戦戦勝記念退役軍人パレード」にも反対した[2]。
2011年3月11日のリトアニア独立回復記念日には、ネオ・ナチ的なデモ行進に参加した[3]。