カク鵬 (中華民国)

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本来の表記は「郝鵬」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
郝鵬
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プロフィール
出生: 1881年光緒7年)
死去: 不詳
出身地: 清の旗 直隷省順天府三河県
職業: 政治家
各種表記
繁体字 郝鵬
簡体字 郝鹏
拼音 Hǎo Péng
注音符号 ㄏㄠˇ ㄆㄥˊ 
和名表記: かく ほう
発音転記: ハオ ポン
ラテン字 Hao P'eng
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郝 鵬(かくほう)は清末民初の政治家。北京政府、南京国民政府(汪兆銘政権)に属した。浴滄

事跡[編集]

山東高等学校を卒業し、奉天の小学堂総監督、留学予備学校教員、中学堂監督を歴任する。その後、湖北省官報局総理、山東省勧業公所農務科科長などをつとめた。中華民国成立後は、北京政府の財政部検事、総務庁庁長を歴任する。1924年民国13年)12月から1926年(民国15年)1月まで、直隷省財政庁庁長をつとめた。その後、張宗昌の幕僚となり、安徽省省長に任命された。1927年(民国16年)、いったん引退する。[1]

1941年(民国30年)10月、南京国民政府華北政務委員会で華北河渠委員会委員として任用された。翌年1月、蘇淮特別区行政長官に起用され、3月には蘇淮特別区保安司令も兼任した。1943年(民国32年)9月、国民政府政務参賛に異動した。その後の郝鵬の行方は不詳である。[1]

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  1. ^ a b 徐主編(2007)、1006頁。

参考文献[編集]

 Flag of the Republic of China-Nanjing (Peace, Anti-Communism, National Construction).svg 南京国民政府(汪兆銘政権
先代:
(創設)
蘇淮特別区行政長官
1942年1月 - 1943年9月
次代:
郝鵬挙