オードナンス QF 2ポンド砲

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オードナンス QF 2ポンド対戦車砲
AT-gun-batey-haosef-2-1.jpg
The QF 2 pounder in Batey ha-Osef Museum, Israel. Note the folded legs of the carriage.
種類 戦車砲
対戦車砲
原開発国 イギリスの旗 イギリス
運用史
配備期間 1936–1945
配備先 イギリスの旗 イギリス
オーストラリアの旗 オーストラリア
ベルギーの旗 ベルギー
アイルランドの旗 アイルランド
ナチス・ドイツの旗 ナチス・ドイツ
関連戦争・紛争 第二次世界大戦
開発史
開発期間 1936
製造業者 ヴィッカース
製造期間 1936–1944
諸元
重量 814 kg (1,794 lbs)
銃身 overall: 2.08 m (6 ft 10 in) L/52

砲弾 40×304 mm. R
口径 40 mm (1.575 in)
砲身 overall: 2.08 m (6 ft 10 in) L/52
砲尾 semi-automatic vertical block
反動 hydrospring
砲架 three-leg platform
仰角 -13° to +15°
旋回角 360°
発射速度 22 rounds per minute
初速 792 m/s (2,600 ft/s) with AP shot
有効射程 914 m (1,000 yds)
照準 No.24b

オードナンス QF 2ポンド砲 (Ordnance QF 2 pounder) とは、第二次世界大戦前にイギリス巡航戦車 Mk.Iの主砲として開発された、口径40mmの戦車砲。英国の伝統により、口径ではなく砲弾の重量が名前になっている。

その後多くの戦車装甲車の主砲として採用され、主に大戦前半のフランス北アフリカで運用された。戦車砲型だけでなく対戦車砲型も作られ、歩兵の対戦車大隊で運用された。

概要[編集]

2ポンド戦車砲および対戦車砲は、同時期の他国の37mm砲よりも若干威力が大きかったが、用意されていた砲弾が徹甲弾のみで、装甲目標相手の場合にしか威力を発揮できなかった。このため北アフリカ戦線では、榴弾を持たないために敵の対戦車砲に対して有効な反撃ができず、戦車隊は大きな損害を出してしまった。また当初、AP(徹甲弾)がドイツ戦車の表面硬化処理装甲に命中した場合、弾丸の方が砕けてしまい貫通させることができないなどの問題が発生、この問題を解決すべくAPCBC(低抵抗被帽付徹甲弾)が開発された。また対戦車砲型の2ポンド砲は、車輪を外して姿勢を低くし、360度旋回の可能な凝った砲架を持っていた。

より威力の大きい6ポンド砲に更新されるはずであったが、ドイツ軍に侵攻されたフランスを助けるべく派遣されたイギリス軍は、ダンケルクに重装備の全てを放棄して撤退、新型を生産する余裕が無くなったため、そのまま生産と配備が継続された。ヨーロッパでは北アフリカイタリアの戦いあたりから登場したパンター中戦車ティーガー重戦車の前には全く歯が立たない「ドアノッカー」と化してしまったが、ビルマなど極東で相手となる日本の戦車は装甲が薄く装甲板の品質も劣悪だったため、長期にわたって使用された。

戦車の主砲や対戦車砲が6ポンド砲や75mm砲、さらには17ポンド砲となった後も装甲車の武装として使用は継続された。また大戦後半には1個装甲車小隊中1輌の割合で、貫通力を増すための「リトルジョン・アダプター」を砲口に装着した。これはチェコから亡命したヤナチェク(英訳するとリトルジョン)技師が開発したもので、ドイツのゲルリッヒ砲と同じ原理でタングステン芯を使った40mm砲弾が30mmに減口径(スクイーズド・ボア)され、APSV(超高速徹甲弾)Mk.Iで初速1280m/秒で450m先の90mm/60度装甲を貫通、より重いMk.IIでは同条件で1143m/秒、100mmを超える装甲を撃ち抜いたという。

リトルジョン・アダプター

またようやく2ポンド砲用の榴弾も開発され支給されたが、リトルジョン・アダプターを装着した場合には使えなかった。

関連項目[編集]