オージモ条約

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オージモ条約(Trattato di Osimo)は、1975年11月10日に、旧トリエステ自由地域のB地域(図の「ZONA B」)の譲渡を承認する、言い替えれば、イストリア半島の北西部が第二次世界大戦後に作られた国ユーゴスラビアに属することを確認する条約である。 そしてこの事は、1954年にイストリアの分割と共に始まった歴史的局面を終わらせることとなった。

条約では、ユーゴ領(イタリア人の大勢の流出により損害を受けた大部分で)のイタリア語話者の身分の監視の関連問題が、後の合意の議定書の草稿に移された。 条約の継続は関与した人民、特にイタリアの敗戦後絶えず援助していたイタリア人の元亡命者から反対された。

スロヴェニアの分離後、国境は複雑となり、オージモ条約での固有の領土もユーゴスラヴィア連邦の構成国がこの条約の有効性について討論した。 そして外務大臣主導ではない最初の外交上の条約であった。

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