オリー・ハルソール

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オリー・ハルソール,ハイド・パーク, 1974

ピーター・ジョン・オリー・ハルソール(Peter John "Ollie” Halsall, 1949年3月14日 - 1992年5月29日)はギタリスト。パトゥ、ボクサー、ケヴィン・エアーズとのコラボレーションなどで良く知られている。彼がオリーという名で知られているのは、hを省略した彼の名字の発音の特例的な表現から来ている。ハルソールは左利きのギタリストだった。

マージーサイドメトロポリタン・ボロー・オブ・セフトンMetropolitan Borough of Sefton)のサウスポートSouthport)出身。

活動 [編集]

ハルソールはポップロックアウトフィット、タイムボックス(このバンドにはベースのクライヴ・グリフィスとキーボードの魔術師、プロフェッサー・クリス・ホルムズが在籍していた)でビブラフォンを奏する為にロンドンに来た。オリーはそこでギタリストに、マイク・パトゥがヴォーカルに据えられ、最後にドラマーの、"アドミラル"・ジョン・ハルセイが決まった。

そこでされた提案というのはオリーのエレクトリック・ギターのパートを、ドノヴァンのサイケデリックな1968年リリースのシングル、ハーデイ・ガーデイ・マンでの彼の演奏のように奏することであった。

1970年、ホルムズ脱退を受けて、タイムボックスはパトゥに発展。ハルソールのギターワークをフィーチャーしたプログレッシヴ・ジャズロックのユニークなブレンドを彼らは演奏し、伝説的なステータスへの道を歩み始める。

1973年、ハルソールはジョン・ハインズマンのテンペストに加入するためバンドを離れた。一年未満でテンペストを辞め、膨大なセッションワークをこなしたが、その仲にはケヴィン・エアーズとのものが含まれ、これがきっかけになりエアーズのバンド、ソポリフィクスのギタリストとしてのパーマネントなポジションを得る。

1975年、パトゥは三つの慈善コンサートのために再結成されステージを踏む。ハルソールとパトゥの再会は、バンド、新バンドのボクサーへ発展した。ボクサーはヴァージンレコードと契約し、彼らはデビューアルバムであるビロウ・ザ・ベルトと、議論を巻き起こしたジャケットデザインで知られている。

1976年、ハルソールはエアーズのバンドに再加入。エアーズとの関係は、1992年にハルソールがヘロインオーバードースにより急死するまで続いた。

恐らく、ハルソールのもっとも良く知られる録音は、1978年リリースのアルバム、ザ・ラトルズに於けるものだろう。そのアルバムで彼はたくさんの異なる楽器を演奏している。上映された映画での彼の役はいずれにしてもエリック・アイドルポール・マッカートニーのパロディキャラ、"ダーク・マクィックリー")の歌の代役としてだった。映像の中でのハルソールは、ラットルズデビュー以前のハンブルクで迷子に成る5人目のラットル、レポという役どころで写真のみの出演。

オリー・ハルソールのアーカイブは1985年に設立され、ドキュメントの記録と類いまれなるミュージシャンのなした業績を知らしめている。


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