オマール・ニーニョ・ロメロ

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オマール・ニーニョ・ロメロ
基本情報
本名 オマール・ニーニョ・ロメロ
通称 The Giant Killer
階級 フライ級
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 1976年5月12日(37歳)
出身地 ハリスコ州グアダラハラ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 39
勝ち 31
KO勝ち 13
敗け 5
引き分け 2
無効試合 1
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オマール・ニーニョ・ロメロOmar Niño Romero、男性、1976年5月12日 - )は、メキシコプロボクサーハリスコ州グアダラハラ出身。第25代・第28代WBC世界ライトフライ級王者。「The Giant Killer 」の異名を持つ。

来歴[編集]

1995年5月13日に19歳でプロデビュー。主戦場はメキシコ国内に限られていたが、2001年10月19日にはWBAフェデカリブライトフライ級王座を獲得した。2002年2月8日にCABOFEライトフライ級王座の獲得を目指すも3回負傷判定引分で王座獲得に失敗。その後、ノンタイトル戦を挟み、2006年8月10日にオーリンズ・ホテル・アンド・カジノブライアン・ビロリアの持つWBCライトフライ級王座に挑戦し、3-0(118-110、117-111、117-112)の判定勝ちを収め、世界王座初挑戦にして王座獲得に成功した。

2006年11月18日にはトーマス&マック・センターでの初防衛戦がブライアン・ビロリアとのダイレクトリマッチとなったが、1-0(115-112、113-113、113-113)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2007年2月1日、昨年11月18日のブライアン・ビロリアとの初防衛戦後のドーピング検査で陽性反応を示したため[1]、引分となった試合結果は取り消され無効試合となり、WBC世界ライトフライ級王座も剥奪となった。

2010年2月27日、WBC世界ライトフライ級王者ロデル・マヨールに挑戦。3回、ニーニョのローブローでレフェリーが割って入ろうとしたところに左フックを繰り出し、マヨールは失神。協議の結果、負傷判定で引分となり、王座獲得ならず[2]

2010年6月20日、ロデル・マヨールとのダイレクトリマッチ。2回と4回にマヨールがバッティングにより減点されたこともあり、3-0(115-111、117-109、115-112)の判定勝ちを収め、再戦を制すると共に約3年ぶりに王座返り咲きを果たした[3]

2010年9月4日、初防衛戦でロナルド・バレラと対戦し、6回終了時にバレラが棄権し初防衛に成功した[4]

2010年11月6日、2度目の防衛戦でヒルベルト・ケブ・バースと対戦し、1回と8回にダウンを奪われた末に0-2(110-116、111-115、113-113)の判定負けを喫し2度目の防衛に失敗、王座から陥落した。試合後フライ級に正式転向。

2012年5月13日、フィリピンメトロ・マニラパシッグのイナレス・スポーツ・アリーナでブライアン・ビロリアが持つWBOフライ級王座に挑戦し、9回2分7秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗すると共に2階級制覇にも失敗した[5]

獲得タイトル[編集]

  • WBAフェデカリブライトフライ級王座
  • 第25代WBC世界ライトフライ級王座(防衛0)
  • 第28代WBC世界ライトフライ級王座(防衛1)

脚注[編集]

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  1. ^ ニーニョ、ドーピングで薬物発覚月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2006年11月30日閲覧
  2. ^ マヨール、倒されて王座守る ボクシングニュース「Box-on!」 2010年2月28日
  3. ^ ニーニョ、マヨールを攻略 WBC・L・フライ級 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年6月21日
  4. ^ ソリス&ニーニョTKO防衛 グアダラハラの2タイトル戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月5日
  5. ^ ビロリア、ニーニョをTKO WBOフライ級王座V2 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年5月15日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
ブライアン・ビロリア
第25代WBC世界ライトフライ級王者

2006年8月10日 - 2007年(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
エドガル・ソーサ
前王者
ロデル・マヨール
第28代WBC世界ライトフライ級王者

2010年6月20日 - 2010年11月6日

次王者
ヒルベルト・ケブ・バース