オプス・デイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オプス・デイ
設立年 1928年10月2日
種類 属人区
目的 仕事の聖化を通して、信仰に合致した生き方をするよう、キリスト者を励ますこと
本部 イタリアの旗 イタリア ローマ ビアール ブルノ ブオッツィ(Viale Bruno Buozzi)73, 00197
座標 北緯41度55分18.4秒東経12度29分2.6秒
貢献地域・分野 世界規模
メンバー 91,960名(2012年時点) [1]
属人区長 ハビエル・エチェバリーア・ロドリゲス
主要機関 中央委員会
本部委員会
関連組織 カトリック教会
ウェブサイト http://www.opusdei.jp/
テンプレートを表示

オプス・デイ (Opus Dei) は、キリスト教ローマ・カトリック教会の組織のひとつ、属人区(下記を参照)である。本部庁舎は、ローマ市ブルノ・ブオッツィ73に位置する。

世俗社会での自らの職業生活を通して、自己完成と聖性を追求することを目的にしている。

概要[編集]

オプス・デイ本部(ローマ)
名称の由来
オプス・デイとはラテン語で「神の業」(Opusが「業」・Deiが「神の」)を意味する。
歴史
オプス・デイは、ホセマリア・エスクリバーにより1928年10月2日スペインで創設された。1947年にローマ教皇の認可を受け、スペイン国外にも広がる。1982年に属人区として認められ、今日に至る。創立者のホセマリア・エスクリバーは死後わずか30年での列聖が異例の早さとして話題となった。
代表者(属人区長)
司教ハビエル・エチェバリーア・ロドリゲス
信者数
現在、所属している信者は約91,960名(日本約250名)で、80ヶ国以上の人々からなっている。
日本での活動
1958年昭和33年)に活動を開始、現在は兵庫県芦屋市に地域総代理(日本支部)を置いている。

精神的特徴[編集]

働く人々に囲まれたホセマリア・エスクリバー

仕事を始めとする日常生活のすべてを聖化し、信仰に100パーセント合致した生き方を送るよう、あらゆる条件、身分の信者を励ますことが目的である。神との親子関係とミサを精神的な基盤とし、社会の中で観想生活を営む。自由を尊重し、愛徳と協調をもってイエス・キリストを伝えることなどが挙げられる。また、日常の仕事を神と隣人の為に心を尽くして果たし、仕事を聖化することを務めとしている[2]

組織[編集]

属人区という形態
区分の基準が「地域」によって分けられる従来の教区とは異なり、移民や職業・典礼等の地理的ではない基準で分けられるのが属人区(読み:「ぞくじんく」、ラテン語:praelatura personalis[3])に相当する[4]。1965年の第2バチカン公会議で、従来の教区に加えて新しい法形態として属人区の将来的な設置が可能であると定められた。パウロ6世とその後継者により、オプス・デイを属人区とする可能性が検討され始め、1969年から1981年にかけて聖座とオプス・デイが参加したうえで属人区になるための準備作業が行われた。その結果1982年、教皇ヨハネ・パウロ2世によって公布された使徒憲章Ut・sit(ウット・シット)の中でオプス・デイは属人区として認められた。同時にオプス・デイの代表(総長)であったアルバロ・デル・ポルティーリョが同教皇により属人区長に任命された。創立者ホセマリア・エスクリバーが帰天してから7年後のことであった。
なお、いわゆる修道会とも異なり、属人区は2014年2月時点でオプス・デイのみである。
教区との関わり
オプス・デイは教区の司祭が事前に同意しない限り、その教区内での属人区としての使徒職を行わないことを規定している。このように属人区の活動は教区(地域)の活動と調和される形で行われている。
法律
上述の使徒憲章(ウット・シット)、その後に改正された教会法(294条-297条に属人区に関する基本的な規定が含まれている)、そして属人区オプス・デイの固有法に則って運営されている。
本部組織
属人区長は終身制、その他の役職は任期制である。階級はない。
  • 属人区長 - 代表、ローマ教皇により任命される。
  • 属人区長代理者 - 副代表
  • 属人区司祭団
  • 中央委員会(女性信者によって構成される)- ローマにあり、中央委員会とともにオプス・デイの運営に協力。
  • 本部委員会(男性信者によって構成される)- ローマにあり、本部委員会とともにオプス・デイの運営に協力。
地域組織
本部組織同様、階級はない。
  • 地域総代理 - 地域の代表
  • 地域委員会(女性信者によって構成される)
  • 地域委員会(男性信者によって構成される)
総会
通常8年ごとに開催される。属人区の使徒的事業の検討・研究、将来的な司牧活動方針の提案、委員の更新等が行われる。
信徒[5]の構成員
離婚をしていない男と女のカトリック信徒。身分、貧富を問わず、あらゆる文化、国籍の男女がオプス・デイに属している。
  • ヌメラリー - 使徒職に専念するよう神の召し出しを受けた独身者。センターで家族的な共同生活を送る。
  • アソシエイト - 家族と一緒に生活する独身者、または専門職上の都合で別の場所に生活している独身者。
  • スーパーヌメラリー - 既婚者。オプス・デイ信者の約70%を占める。
センター
上述のヌメラリーが家族的な共同生活を送る場所としてセンター(男女別)がある。各センターに1名の信徒ディレクターと2名の委員で構成される委員会が設置されている。またヌメラリーに特定の司牧的世話を提供するために、司祭団の中からセンター1ヶ所あたり1名の司祭(神父)が任命・配属される。ミサなどの儀式を行う聖堂も設置されている。
日本では兵庫県芦屋市京都府京都市大分県大分市長崎県長崎市にセンターが設置されている。
聖十字架司祭会
1943年に発足。オプス・デイの属人区長が会長を務める。
世界に約4,000名の会員がおり、叙階される前からオプス・デイのメンバーであった司祭と、オプス・デイに所属を希望する教区の司祭・助祭から成る。

歴代の代表者[編集]

肖像 氏名 出身地 任期 列福・列聖 敬称・愛称
創立者
(初代総長)
Madrid - Basílica Pontificia de San Miguel - 130202 113324.jpg ホセマリア・エスクリバー・デ・バラゲル
Josemaría Escrivá de Balaguer
スペインの旗 スペイン
バルバストロ
1928年から1975年まで
(48年間)
列福:1992年5月18日
福者ホセマリア・エスクリバー)
列聖:2002年10月6日
ホセマリア・エスクリバー)
私たちのパドレ
初代属人区長
(第2代総長)
Alvarodelportillo2.jpg アルバロ・デル・ポルティーリョ
Álvaro del Portillo
スペインの旗 スペイン
マドリード
1975年から1994年まで
(19年間)
(※属人区長としては1982年から)
列福:2014年9月27日(予定) ドン・アルバロ
第2代属人区長
(第3代総長)
Bishopjechevarria-2.jpg ハビエル・エチェバリーア・ロドリゲス
Javier Echevarría Rodríguez
スペインの旗 スペイン
マドリード
1994年から現在に至る パドレ

沿革[編集]

  • 1928年10月2日 - ホセマリア・エスクリバーがスペインでオプス・デイを創立
  • 1933年 - オプス・デイの最初のセンター「DYAアカデミー」が開設される。主に大学生を対象とし、法学建築学の授業を実施。
  • 1936年 - スペイン内乱が勃発。
  • 1939年 - ホセマリア・エスクリバー、マドリードへ戻る。
  • 1941年3月19日 - オプス・デイに最初の司教区認可が与えられる(マドリードのレオポルド・エイホ・イ・ガライ司教による)。
  • 1943年2月14日 - 聖十字架司祭会が誕生。
  • 1946年 - ホセマリア・エスクリバー、ローマに活動の場を移す。
  • 1947年2月24日 - オプス・デイに最初の教皇認可が与えられる。
  • 1950年6月16日 - 教皇ピオ12世によりオプス・デイに最終認可が与えられる。
    • 既婚者が信者として加入すること、および教区司祭が聖十字架司祭会に加わることが可能となる。
  • 1965年 - 第2バチカン公会議において、司牧活動の円滑化を目的として従来の教区に加え、特殊教区および属人区を将来的に設置できることが定められる。
  • 1969年 - ローマで、オプス・デイ臨時総会が開催される。属人区への移行が検討される。
  • 1970年 - ホセマリア・エスクリバー、ヨーロッパ南米で広範囲なカテケージス(信仰教育)を開始。
  • 1975年6月26日 - ホセマリア・エスクリバーがローマで帰天。後継者としてアルバロ・デル・ポルティーリョが選出される。
  • 1982年11月28日 - 教皇ヨハネ・パウロ2世により最初の属人区として認められる。アルバロ・デル・ポルティーリョが初代属人区長(プレラートゥス)に任命される。
  • 1992年5月17日 - ホセマリア・エスクリバーが列福される(福者ホセマリア・エスクリバーとなる)。
  • 1994年
  • 2002年10月6日 - ホセマリア・エスクリバーが列聖される(ホセマリア・エスクリバーとなる)。
  • 2014年9月27日 - アルバロ・デル・ポルティーリョがスペインマドリードで列福される(予定)。

各国での活動開始年[編集]

オプス・デイ拡大の歴史
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代

事業[編集]

スペインや中南米では、政治家や閣僚、著名な経済人の中にオプス・デイの信者が活動しているケースも多い。しかし、これは一社会人としての個人の自由な思想、信条のもとで活動しているもので、各個人がオプス・デイから霊的な指導を受けるものの、政治的な干渉を受けることはない。

教育事業[編集]

教皇庁立聖十字架大学
ナバラ大学
  • ヨハネ・パウロ2世はローマ中心部にイタリアの旗教皇庁立聖十字架大学(イタリア語表記:Pontificia Università della Santa Croce)を設立し、オプス・デイに大学の指導を委任している。
  • 信徒が共同で、各種の教育事業等を行っているが、これらの活動において、オプス・デイは霊的な指導を行っているものの、施設の所有や運営等については関わることはない、とされている。

ダ・ヴィンチ・コードによる中傷[編集]

ダ・ヴィンチ・コード中で、あたかもオプス・デイがカルト団体かのような扱われ方をしていた為、同映画の影響により、そのように考える誤解も発生したが、オプス・デイは、作品中に描かれているものはすべてフィクションであるとの声明を出している[13]。同組織は、教皇庁から正式に認可を受けているカトリック教会の一組織である。また、機関紙「ロマーナ」にはメンバーの移動にいたるまで詳しく公開されている。

参考文献[編集]

  • John L. Allen, Jr."Opus Dei: An Objective Look Behind the Myths and Reality of the Most Controversial Force in the Catholic Church" Doubleday Religion (November 1, 2005; ISBN-10: 0385514492)
  • 「オプス・デイ」(ドミニック・ル・トゥルノー著、尾崎正明訳)

関連項目[編集]

  • ダ・ヴィンチ・コード - 作品中にオプス・デイが登場する。ただし、オプス・デイは、作品中に描かれているものはすべてフィクションであるとの声明を出している[13]

脚注[編集]

[ヘルプ]

外部リンク[編集]