オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ

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オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
ビートルズ楽曲
収録アルバム ザ・ビートルズ
リリース 1968年11月22日
録音 1968年7月3日
ジャンル ポップ・ミュージック
スカ
時間 3分08秒
レーベル アップル・レコード
パーロフォン
EMI
作詞者 ポール・マッカートニー
作曲者 ポール・マッカートニー
プロデューサー ジョージ・マーティン
ザ・ビートルズ 収録順
グラス・オニオン
(3)
"オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ" ワイルド・ハニー・パイ
(5)

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(Ob-La-Di, Ob-La-Da)は、1968年に発表されたビートルズのアルバム『ザ・ビートルズ』(通称ホワイト・アルバム)に収録されたレゲエ風のポップな楽曲である。

目次

[編集] タイトルの意味

この曲のセッション(1968年7月5日)にも参加したナイジェリア人のコンガ奏者ジミー・スコットがよく口にしていたフレーズが『Ob-La-Di, Ob-La-Da』だった。彼のバンド仲間は「ジミーはあのフレーズを連発していたよ。ナイジェリアのヨルバ族に聞いてみな『Ob-La-Di, Ob-La-Da』は『life goes on(人生は続く)』という意味だって教えてくれるはずだ」と、当時の事を語っている(それで歌詞の中に『life goes on』というフレーズが出てくる)。

そのスコットが口にしていたフレーズを聞いたポールが、それをヒントに作ったのがこの曲である。当時のポールは『Life goes on』という意味で曲を作ったと思われるが、ナイジェリアのヨルバ族に聞いても『Ob-La-Di, Ob-La-Da』なんて言葉はないという答が帰ってくる。スコットの造語である可能性が大きい。

スコットは「俺のフレーズを使ったのだから、分け前をよこせ」と要求するがポールはそれを拒否。その後、ある出来事で逮捕されたスコットは、ポールが莫大な法廷費用を負担するのと引き換えに「分け前をよこせ」との要求を引っ込めたというエピソードが残っている。

[編集] 内容

この曲は発表された当初はカリプソ・ソングに曲調が似ていることから「ビートルズ初のカリプソ・ソング」と宣伝されていたが、後にレゲエ・ソングに似ていることから「ビートルズ唯一のレゲエ・ソング」とも言われるようになった。

また、ポールは『life goes on bra』のbra=ブラジャーとインタビューで答えたことがあるため、『人生はブラジャーの起伏のように山あり谷あり、私の人生はブラジャーの上』と読むこともできる。

歌詞の方は市場に勤めるデズモンド・ジョーンズと、バンドで歌手をしているモリーが恋をして結婚する物語を歌ったものである。ただし3番ではなぜかデズモンドとモリーが逆になり、モリーが子供たちと一緒に市場で働き、デズモンドが化粧をしてバンドで歌うという歌詞になっている。これは収録の際ポールが間違って逆に歌ってしまい、録り直そうとしたところジョン・レノンが「この方が面白い」と発言してそのままにしたと言われている。[1]

イントロのピアノはジョン・レノンが演奏しているが、収録の際にポールから度重なる録り直しを要求されて嫌気がさしたジョンがトランス状態でやってきて、力任せに弾きなぐったテイクがそのまま採用されたという[2]。完成版以前に外部ミュージシャンによるホーンを利用した録音もあるが使用されていない。(アンソロジー3収録)また、アコースティックギターを弾くときに意図的に録音機器の入力限界を超えた音を出し、締まった音を出している[2]。この時期メンバーの仲は非常に悪く、この曲のボーカルをレコーディングしているときにポールがプロデューサーのジョージ・マーティンに横柄な態度を示し、それが原因でエンジニアのジェフ・エメリックが途中で帰ってしまったというエピソードが残っている。

そんなこともあってか、ジョンはこの曲を相当に嫌っている。ジョージも「覚えていることといったら、何回もやり直しさせられたことばかり」と発言している。

[編集] シングル

この曲は発表当初からさまざまな歌手・グループがカヴァーするほど有名でありながら、英国・米国共にシングル化されず日本でのみシングルとして発売された。(B面は「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」)このシングルは日本における初のアップル・レコードのシングルである。(英米では「ヘイ・ジュードレボリューション」が初だが日本ではオデオン・レコードからの移行が完了しておらず初回版のみオデオンからの発売となっていた。)

[編集] エピソード

スコットランドのマーマレードというグループがカバーした「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」はイギリスにおいて1位を獲得した。

ユッスー・ンドゥールによるカバーが本田技研工業のステップワゴンのCMで用いられるなど今でも日本では非常に人気の高い曲ではあるが、インターネット上で行なわれた『Worst Song Ever(これまでで最悪な曲)』投票で堂々の1位に選出されている(もちろん知名度が無ければ取れない栄誉ではある)。NHKみんなのうたで取り上げられ、この時はフォーリーブスが歌った。この曲が発売された当初は、アメリカでもワーストソングになっていた。

[編集] ミキシング

モノラル・ミックスではイントロのハンド・クラップがカットされている。

[編集] 脚注

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  1. ^ ジョニー・ディーン編『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ・ブック 日本語翻訳版』平林祥・新井崇嗣・上西園誠訳、リットーミュージック、2005年、p220
  2. ^ a b アンディ・バビアック 『Beatles Gear 日本語翻訳版』 坂本信訳、リットーミュージック、2002年、222ページ

[編集] 外部リンク

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