オットー・ジムロート

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オットー・ジムロート
人物情報
生誕 1872年5月28日
ドイツの旗 ドイツ帝国 バイロイト
死没 1940年5月16日(68歳)
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国 アシャッフェンブルク
学問
研究機関 グライフスヴァルト大学
ミュンヘン大学
ヴュルツブルク大学
博士課程
指導教員
ヨハネス・ティーレ
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オットー・ジムロート (Otto Dimroth, 1872年5月28日 - 1940年5月16日) は、ドイツの化学者。ジムロート転位にその名を残す[1][2]。また、螺旋状の冷却管を使った冷却器、ジムロート冷却器は彼の考案による。

息子のカール・ジムロート (Karl Dimroth) も著名な化学者であった。

脚注[編集]

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  1. ^ D. Otto (1909). “Ueber intramolekulare Umlagerungen. Umlagerungen in der Reihe des 1, 2, 3-Triazols”. Justus Liebig's Annalen der Chemie 364 (2): 183–226. doi:10.1002/jlac.19093640204. 
  2. ^ W. M. Otto Dimroth (1927). “Intramolekulare Umlagerung der 5-Amino-1,2,3-triazole”. Justus Liebig's Annalen der Chemie 459 (1): 39–46. doi:10.1002/jlac.19274590104. 

参考文献[編集]

  • L. Ebert (1941). “Obituary: Otto Dimroth. 1872-1940”. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft 74 (1): A1–A23. doi:10.1002/cber.19410740124.