オッカムのウィリアム
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オッカムのウィリアム(William of Ockham, 1285年 - 1349年)は、フランシスコ会会士、後期スコラ学を代表する神学者・哲学者。通例オッカムとのみ言及されるが、これは下記のように姓ではなく出身地で呼んだものである。哲学(後に科学にも転用)上の節約の原理 「オッカムの剃刀」 の提唱者として知られている。
1341年に描かれたと思われるオッカムの似顔絵
イングランドのオッカム(Ockham,Occam などとも綴る)村出身。なお没年には1349年にペストで死亡とされていたが1347年説が有力である。生没年については他に、1288年生まれ説、1300年ごろ生まれ説、1348年没説、1350年没説がある。
オックスフォード大学で学ぶ。ボナヴェントゥーラ系フランシスコ会士として、トミストの学長であるLutterellと対立。フランシスコ会の会則の解釈をめぐり、いわゆる清貧派の立場をとる。普遍論争では唯名論の立場に立つ。Lutterellから異端だとしてアヴィニョンにある教皇庁に訴えられる。ローマ教皇・ヨハネス22世と対立、異端審問のため当時アヴィニョン(フランス)にあった教皇庁へ召還される。このときマイスター・エックハルトも異端の容疑で告発され、オッカムはエックハルトと会ったことを書き残している。
オッカムはアヴィニョンからミュンヘンへ逃亡し、聖職叙任権などをめぐり教皇と対立していた神聖ローマ帝国皇帝バイエルンのルートヴィヒの保護を受けた。その後ミュンヘンに居住したオッカムは、同地でペストで没し、市城壁外のペスト死亡者用墓地に葬られた。
[編集] 関連項目
[編集] 著作
- 『大論理学註解』創文社 ISBN 4423171104、ISBN 4423171201、ISBN 4423171309、ISBN 4423171376

