オソルノ
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| オソルノ Osorno |
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| 位置 | |||||
ロス・ラゴス州内オソルノの位置 |
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| 座標 : 南緯40度34分25秒 西経73度8分10秒 / 南緯40.57361度 西経73.13611度 | |||||
| 歴史 | |||||
| 建設 | 1558年 | ||||
| 行政 | |||||
| 国 | |||||
| 州 | ロス・ラゴス州 | ||||
| 県 | オソルノ県 | ||||
| 市 | オソルノ | ||||
| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 市域 | 951.3km2(367.3mi2) | ||||
| 標高 | 35m | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2002年現在) | ||||
| 市域 | 145,475 人 | ||||
| 人口密度 | 152.9人/km2(396.1人/mi2) | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | CLT (UTC-4) | ||||
| 夏時間 | CLST (UTC-3) | ||||
オソルノ(Osorno)は、チリ中南部にある都市で、ロス・ラゴス州オソルノ県の県都。人口は2009年現在16万475人。
歴史 [編集]
ペドロ・デ・バルディビア統治下の1553年、副将軍フランシスコ・デ・ビジャグラによって町の設立が最初に計画された。しかしバルディビアの死によって、実現しなかった。 1558年3月27日、統治者ガルシア・ウルタード・デ・メンドーサにより町が設立された。町名はヴィラ・デ・サン・マテオ・デ・オソルノ(Villa de San Mateo de Osorno)で、彼の祖父にちなんだ名前であった。 1602年10月、原住民のウィジチェ族の反乱により町は破壊された。1796年、アンブロシオ・オイギンスの命によりオソルノは再建された。1850年頃チリ政府は、地域開発のためドイツ人の植民を奨励した。ドイツ移民は、オソルノが彼らの育った気候、地形に似ていることに気づいていた。ドイツ移民の助けを借り、地域経済発展のために、チリ国営の牛の牧場の拠点がオソルノに造られた。