オスカー・ハマースタイン1世

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イタリアの指揮者クレオフォンテ・カンパニーニ (en、右) とオスカー・ハマースタイン1世 (左)。1908年、ニューヨークにて。

オスカー・ハマースタイン1世(オスカール・ハンマーシュタイン ドイツ語: Oscar Hammerstein, 1847年5月8日 - 1919年8月1日)は、ドイツシュテティーン(現ポーランドシュチェチン)出身のアメリカ合衆国オペラ興行主。

ユダヤ系ドイツ人東欧系ユダヤ人)の家庭に生まれた。後に家族とアメリカに移住した。

タバコ製造で財を成し、1890年のハーレム・オペラ・ハウスを皮切りに、ブロードウェイに多くのオペラ劇場を建設した。「サロメ」「エレクトラ」などを、一流の歌手による講演で米国に導入した。

作詞家オスカー・ハマースタイン2世は孫。

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