オスカー・デ・ラ・ホーヤ
2008年、カリフォルニア州にて
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | オスカー・デ・ラ・ホーヤ |
| 通称 | ゴールデン・ボーイ |
| 階級 | スーパーウェルター級 |
| 身長 | 179cm |
| リーチ | 183cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1973年2月4日(39歳) |
| 出身地 | カリフォルニア州イーストロサンゼルス |
| スタイル | オーソドックス(ただし利き腕は左) |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 45 |
| 勝ち | 39 |
| KO勝ち | 30 |
| 敗け | 6 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 ボクシング | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 1992 バルセロナ | ライト級 |
オスカー・デ・ラ・ホーヤ(Oscar De La Hoya、男性、1973年2月4日 - )は、メキシコ系アメリカ人の元プロボクサー。名の「De La」は英語に訳すと「of the」であり、『ホーヤ家のオスカー』となる。アメリカ合衆国カリフォルニア州イーストロサンゼルス市出身。アマチュアではバルセロナオリンピックライト級で優勝、プロでは史上初の6階級制覇を成し遂げるなど、アマ時代からエリート街道を驀進してきたその成功ぶりから「ゴールデンボーイ」の異名を持つ。
アメリカのみならず世界中のボクサーの中で最も人気のある選手の一人であり、端正なルックスから女性の支持も高い。その活躍の場はリングだけにとどまらず、歌手デビューも果たしグラミー賞にもノミネートされた。
プロモーターとしても非常に優秀で、自らプロモーション会社「ゴールデンボーイ・プロモーションズ」を立ち上げ、今ではプロモーション業界の一大勢力へと成長した。彼のもとには多くの優秀なボクサーが集まっている。
ボクサーとしては、数々のビッグマッチを経験した世界屈指の人気選手である。
目次 |
[編集] ファイトスタイル
基本に忠実なオーソドックス・スタイルを得意とし、インファイトからアウトボクシングまで完璧にこなすことができるコンプリートファイターである。抜群のスピードとテクニックで相手を翻弄する展開を好むが、一瞬の隙を突く強打も併せ持ち通算KO率は75%を上回る。特に左フックはフィニッシュ・ブローとして幾多のKO劇を演出した。また、コンビネーションも非常に多彩。
[編集] 来歴
8歳からボクシングを始める。4年5か月もの間敗戦を経験しないなど、アマチュア時代から既に非凡な才能を見せる。アマ時代の通算戦績は223勝5敗163KO。
1992年、19歳でバルセロナオリンピックライト級に出場。同競技で米国勢唯一となる金メダルを獲得、アマ時代の華麗な遍歴を踏まえて「ゴールデンボーイ(Golden Boy)」とあだ名される。
ボブ・アラム率いるトップランク社と史上最高の契約金100万ドルでプロ入りし、同年11月23日のデビュー戦でラマー・ウイリアムズに初回KO勝ち。
1993年6月7日、元IBF世界フェザー級チャンピオン、トロイ・ドレーシーを1回終了TKO勝ち(パンチによる目のカットのため)。
1994年3月5日、プロ12戦目で16戦無敗のWBO世界スーパーフェザー級王者ジミー・ブレダルを10回TKOに下し、初タイトル獲得。初防衛の後、階級アップのため王座返上。
同年7月29日、元IBF、WBO世界フェザー級王者ホルヘ・パエスを2回KO、WBO世界ライト級王座を獲得し、2階級制覇。
1995年2月18日、元IBF、WBO世界スーパーフェザー級王者ジョン・モリナに12回判定で3度目の防衛。
同年5月6日、IBF世界ライト級王者ラファエル・ルエラスとの統一戦を2回TKOで制する。IBF王座は返上。
同年9月9日、同じカリフォルニア州出身の元WBA世界スーパーフェザー級王者ヘナロ・エルナンデスとの夢の無敗対決を6回TKOで制し、5度目の防衛に成功(実は自身がWBAスーパーフェザー級1位にランクされた際にエルナンデスに指名試合で挑戦出来たが回避しWBOタイトルへ迂回した)。
同年12月15日、元WBC世界スーパーフェザー級王者ジェシー・ジェームズ・レイハに2回TKOで勝利し6度目の防衛。階級アップのため王座返上。
1996年6月7日、パウンド・フォー・パウンドにも謳われた「メキシコの英雄」フリオ・セサール・チャベスを相手に、スピーディーなジャブでチャベスの顔面を切り裂き4回TKOで下す。世代交代をアピールすると共にWBC世界スーパーライト級を獲得し、3階級制覇。
1997年1月18日、WBC世界ライト級を10度防衛した元王者、ミゲル・アンヘル・ゴンザレスに12回判定で勝利。初防衛に成功。
同年4月12日、高度のディフェンスで「アンタッチャブル」の異名を取り4階級(IBF、WBC、WBA世界ライト級、IBF世界スーパーライト級、WBC世界ウェルター級、WBA世界スーパーウェルター級)を制したパーネル・ウィテカーが持つWBC世界ウェルター級に挑む。ウィテカーの卓越したディフェンス技術に苦戦したが手数で押し切り12回判定で勝利を収め、4階級制覇達成。WBC世界スーパーライト級王座返上。
同年9月13日元WBC世界スーパーフェザー級、WBC世界ライト級、WBO世界スーパーライト級王者ヘクター・カマチョに12回判定で勝利し2度目の防衛。
1998年9月18日、元WBC世界スーパーライト級王者フリオ・セサール・チャベスを9回TKOで下し5度目の防衛。
1999年2月13日前WBA世界ウェルター級王者アイク・クォーティと事実上の統一戦(クォーティはこの試合のためにWBAに王座を剥奪される)。ダウンの応酬がある歴史的名勝負の末12回判定で勝利し、6度目の防衛を果たした。
同年9月18日、8度目の防衛戦にIBF世界ウェルター級王者フェリックス・トリニダードを迎え、統一戦。無敗のスーパースター対決として注目を集めたが、途中から安全運転にシフトしたデラホーヤが僅差判定で敗れ、王座陥落と共にプロ初黒星を喫した。
2000年2月26日、WBC世界ウェルター級1位のデラホーヤと同級2位のダレル・コーリーによる挑戦者決定戦を7回KOで制する。しかしトリニダードが同級王座を返上したため、デラホーヤが無戦で返り咲いた。
同年6月17日、前IBF世界ライト級王者シェーン・モズリーとの初防衛戦に12回判定で敗れ、再び王座を手放す。
2001年6月23日、WBC世界スーパーウェルター級王者ハビエル・カスティリェホに挑み、スピードとテクニックで王者を圧倒し12回判定で勝利。シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズに続く史上3人目の5階級制覇達成。なお、カスティリェホは当初大東旭の挑戦を受ける予定であった。
2002年9月14日、WBA世界スーパーウェルター級王者フェルナンド・バルガスと統一戦。両者の意地がぶつかり合ったハイレベルの打ち合いは、11回にダウンを奪ったデラホーヤが怒濤のラッシュで試合を決めTKO勝ち。王座を統一した。
2003年5月3日、元IBF世界スーパーウェルター級王者ヨリボーイ・カンパスに7回TKOで勝利しWBA初防衛、WBC2度目の防衛にそれぞれ成功。
同年9月13日、既にWBC世界ウェルター級王座を失っていたシェーン・モズリーと再戦。物議をかもす判定の結果、敗戦。両王座から陥落した。
2004年6月5日、20戦無敗の王者フェリックス・シュトルムが持つWBO世界ミドル級に挑戦。シュトルムの固いガードの前に苦戦するも僅差判定で下し、前人未到の6階級制覇を達成する。
同年9月18日、シュトルム戦以前から内定していたビッグマッチ、WBA、WBC、IBF世界ミドル級統一チャンピオンバーナード・ホプキンスと史上初の4団体王座統一戦に臨む。体格で勝るホプキンスに手数で対抗したが、徐々に圧力に屈していき、9回左ボディ一発でダウン。プロ初のKO負けを喫し、王座から陥落した。
2006年5月6日、20か月ぶりの実戦でリカルド・マヨルガの持つWBC世界スーパーウェルター級に挑戦。ブランクから限界説も囁かれていたが、1回からダウンを奪うなど試合を有利に進め、6回TKO勝利。3年ぶりに同王座に返り咲く。また10度目の戴冠ともなった。
2007年5月5日、初防衛戦で4階級を制した無敗のフロイド・メイウェザー・ジュニア(WBC世界スーパーフェザー級、WBC世界ライト級、WBC世界スーパーライト級、IBF、WBC、IBO世界ウェルター級)との「世紀の一戦」において、1-2の12回僅差判定で敗れる。メイウェザーは5階級制覇(4人目)を達成し、即日王座返上を表明。
2008年5月3日、スティーブ・フォーブスと対戦し、判定3-0で勝利を収めた。
2008年12月6日、ノンタイトル12回戦でマニー・パッキャオとのドリームマッチが実現。試合前の予想はデラホーヤ圧倒的有利であったが、試合は序盤からパッキャオの動きに全くついていけず、7回にはパッキャオの攻撃でストップ寸前に陥る(この回の採点はジャッジ三者とも8-10)など一方的な展開の末8回終了TKO負け。
2009年4月14日、体力の衰えなどから現役引退を表明。
[編集] 戦績
- アマチュアボクシング: 228戦 223勝 163KO 5敗
- プロボクシング: 45戦 39勝 30KO 6敗
[編集] 獲得タイトル
- バルセロナオリンピックボクシング競技ライト級金メダル
- WBO世界スーパーフェザー級王座(2度防衛)
- WBO世界ライト級王座(6度防衛)
- IBF世界ライト級王座
- WBC世界スーパーライト級王座(1度防衛)
- WBC世界ウェルター級王座(7度防衛)
- WBC世界スーパーウェルター級王座(2度防衛)
- WBA世界スーパーウェルター級王座
- WBO世界ミドル級王座
[編集] 関連項目
- 男子ボクサー一覧
- オリンピックボクシング競技メダリスト一覧
- 世界ボクシング機構(WBO)世界王者一覧
- 国際ボクシング連盟(IBF)世界王者一覧
- 世界ボクシング協会(WBA)世界王者一覧
- 世界ボクシング評議会(WBC)世界王者一覧
- 複数階級制覇 (ボクシング)
[編集] 外部リンク
| 前王者 ジミー・ブレダル |
第5代WBO世界スーパーフェザー級王者 1994年3月5日 - 1994年(返上) |
次王者 レジリオ・ツール |
| 前王者 ジョバンニ・パリージ |
第4代WBO世界ライト級王者 1994年7月29日 - 1996年(返上) |
次王者 アルツール・グレゴリアン |
| 前王者 ラファエル・ルエラス |
第11代IBF世界ライト級王者 1995年5月6日 - 1995年7月(返上) |
次王者 フィリップ・ホリデー |
| 前王者 フリオ・セサール・チャベス |
第24代WBC世界スーパーライト級王者 1996年6月7日 - 1997年(返上) |
次王者 コンスタンチン・チュー |
| 前王者 パーネル・ウィテカー |
第25代WBC世界ウェルター級王者 1997年4月12日 - 1999年9月18日 |
次王者 フェリックス・トリニダード |
| 前王者 ハビエル・カスティリェホ |
第32代WBC世界スーパーウェルター級王者 2001年6月23日 - 2003年9月13日 |
次王者 シェーン・モズリー |
| 前王者 フェルナンド・バルガス |
WBA世界スーパーウェルター級スーパー王者 2002年9月14日 - 2003年9月13日 |
次王者 シェーン・モズリー |
| 前王者 フェリックス・シュトルム |
第17代WBO世界ミドル級王者 2004年6月5日 - 2004年9月18日 |
次王者 バーナード・ホプキンス |
| 前王者 リカルド・マヨルガ |
第36代WBC世界スーパーウェルター級王者 2006年5月6日 - 2007年5月5日 |
次王者 フロイド・メイウェザー・ジュニア |
| ボクシング競技オリンピック金メダリスト – ライト級 |
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1904: ハリー・スパンジャー • 1908: フレデリック・グレース • 1920: サミュエル・モスバーグ • 1924: ハンス・ジェイコブ・ニールセン • 1928: カルロ・オルランディ • 1932: ローレンス・スティーブンス • 1936: イメレ・ハランギ • 1948: ジェラルド・ドライアー • 1952: アウレリアーノ・ボロネージ • 1956: ディック・マクタガート • 1960: カジミエシュ・パッチオール • 1964: ジョゼフ・グリジエン • 1968: ロナルド・W・ハリス • 1972: ヤン・シュチェパンスキー • 1976: ハワード・デービス・ジュニア • 1980: アンヘル・ヘレラ • 1984: パーネル・ウィテカー • 1988: アンドレアス・チュロウ • 1992: オスカー・デ・ラ・ホーヤ • 1996: ホシネ・ソルタニ • 2000: マリオ・キンデラン • 2004: マリオ・キンデラン • 2008: アレクセイ・ティシュチェンコ |