オスカル・ガルベス・サーキット

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座標: 南緯34度41分39.38秒 西経58度27分33.65秒 / 南緯34.6942722度 西経58.4593472度 / -34.6942722; -58.4593472

オスカル・ガルベス・サーキット
Autódromo Oscar Alfredo Gálvez - zoomed in.svg
1995年から1998年のF1GPで使用されたレイアウト
Autódromo Oscar Alfredo Gálvez - zoomed out.svg
湖の周回路を含む、1971年から1979年のF1GPで使用されたレイアウト
所在地 アルゼンチン, ブエノスアイレス
標準時 GMT -3
主なイベント F1, Turismo Carretera, TC2000, SWC
コース長 5.81 km (3.61 マイル)
コーナー数 15
レコードタイム 1:27.981 (ゲルハルト・ベルガー, ベネトン-ルノー, 1997年)
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アウトドローモ・オスカル・アルフレード・ガルベス西: Autódromo Oscar Alfredo Gálvez, オスカル・ガルベス・サーキット)はアルゼンチンブエノスアイレス郊外にあるサーキット。名前はアルゼンチン出身レーサーであるオスカル・アルフレード・ガルベスにちなんで名付けられている。

敷地内のラインの組み合わせ方によって何通りものコースを造ることができるためF1では1953年1958年1960年の開催時、1972年1977年の開催時、1978年1981年開催時、フォークランド紛争により休止を挟んだ後の1995年1998年開催時それぞれサーキットの形状が違い、これら4種類のコースでアルゼンチンGPが開催された。

1970年代のコースは湖の外周路を用いる超高速区間とインフィールドの超低速区間が組み合わさったレイアウトであった。1990年代に使われたのはインフィールドエリアのみを用いた4.259kmの超低速サーキットであり、タイトなコーナーが延々続くレイアウトであった。再開されるもサーキットの形状が大きく変わったことなどから不評で1998年をもって打ち切られた。1999年も開催予定であったが、主催者とFIAの交渉が決裂した経緯がある。

2輪ロードレース世界選手権 (WGP) では1961年から1999年の間にアルゼンチングランプリが計9回開催された。1998年の250ccクラスでは、最終周回のシケインで原田哲也がチームメイトのロリス・カピロッシと接触して目前のタイトルを逃した。

関連項目[編集]