オウエン・テューダー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オウエン・テューダー(Owen Tudor, ウェールズ語:Owain Tudur, 1400年頃 - 1461年2月2日)はイングランドの王家となったテューダー家の祖。 12世紀における南ウェールズのデハイバース(Deheubarth)国王リース・アプ・グリフィズ(Rhys ap Gruffydd)の末裔。
イングランド王ヘンリー6世の母后キャサリン(ヘンリー5世の未亡人)の納戸係秘書官として仕えていたが、後にキャサリンと秘かに結婚し、エドマンド、ジャスパーらの子をもうけた。エドマンドの子ヘンリーが後のヘンリー7世である。
薔薇戦争ではランカスター派の一員としてウェールズの軍勢を率いたが、1461年にモーティマーズ・クロスの戦いでマーチ伯エドワード(後のエドワード4世)に敗れて捕らえられ、処刑された。