エール・サザランド
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エール・ウィルバー・サザランド・ジュニア(Earl Wilbur Sutherland Jr., 1915年11月19日 - 1974年3月9日)はアメリカ合衆国の生理学者。カンザス州バーリンゲームにて生まれる。1971年、(cAMPの様な)セカンドメッセンジャーによる「ホルモンの作用機作に関する発見」により、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
1937年、カンザス州トピカにあるウオッシュバン大学にて科学の学士号を受け取る。1942年にミズーリ州セントルイスのワシントン大学メディカルスクールを卒業。第二次世界大戦中に医師を務めた後にワシントン大学に戻り、カール・コリの研究室にて研究者を務める。1953年、オハイオ州クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学医学部長となる。彼はここでcAMPを発見した。1963年、研究の義務を減らすためにナッシュビルのヴァンダービルト大学にて生理学教授に就任し、1973年まで働いた。1966年にはアメリカ科学アカデミーに選ばれ、1970年にはアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞。1973年にはアメリカ国家科学賞を受け取る。1974年、彼が死去したとき、マイアミ大学メディカルスクールの生化学の教授であった。