エース・スティール

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エース・スティール
エース・スティールの画像
プロフィール
リングネーム エース・スティール
本名 クリス・ガイ
ニックネーム 鋼鉄の猛者
身長 175cm
体重 96kg
誕生日 1973年1月25日(41歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗イリノイ州シカゴ
トレーナー ハーリー・レイス
デビュー 1991年
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エース・スティール(Ace Steel、1973年1月25日 - )は、アメリカ合衆国出身の男性プロレスラーである。身長175センチメートル、体重86キログラム。

アメリカではWLW(ワールド・リーグ・レスリング)ROH(レスリング・オブ・オーナー・レスリング)に参戦した経験があり、日本ではプロレスリング・ノアへ参戦していた。アメリカではヘビー級戦線、日本ではジュニアヘビー級戦線で活動。

略歴[編集]

子供時代は、AWA (アメリカン・レスリング・アソシエーション)の影響を受け、プロレスラーを志す[1]

1991年10月にプロレスラーとしてデビュー。IWA Mid-south(インディペンデント・レスリング・アソシエーション・ミッドサウスなどの各種アメリカ・インディー・マットを転戦を経て、1997年に自身の団体『スティール・ドメイン・レスリング(Steel Domain Wrestling)』を設立。C.M.パンクコルト・カバナなどが所属し、スティールに師事した[1]

2001年になると、スティールはハーリー・レイス主宰のWLWへ所属する。

WLWと提携している日本のプロレスリング・ノアの三沢光晴が視察したときに、その技術を買い、ノアへの初来日が実現。以降、同団体の常連参戦外国人選手となる。また、アメリカでもWLWの他にTNA(トータル・ノンストップ・アクション・レスリング)ROH(リング・オブ・オーナー・レスリング)にも参戦する。TNAでは、かつての後輩であったC.M.パンクやコルト・カバナと再会。スティールとカバナは一時期『セカンド・シティ・セインツ(The Second City Saints)』というユニットを結成している[1]

2005年12月10日、WLWスティムボートロック大会では、WLWへ参戦したKENTAが当時保持していたGHCジュニアヘビー級王座に挑戦。20分00秒、GO 2 SLEEPからの片エビ固めに屈し、KENTAの3度目の防衛を許した[2]。 

その後もノアへの参戦も継続していたが、2007年にWWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)に移籍。ノアへの来日が途絶え、ROHやWLWへの参戦もなくなる[1]

奇抜な行動・パフォーマンス・挑発行為が特徴で、試合前・試合中にコーナーポスト上に横に寝転がって相手を挑発したり、観客や相手・味方などに奇声を発したり、試合の途中に控室へ帰るふりをして戦意喪失・棄権した様にみせるがリングアウト寸前で急いでリングに帰還する、など多彩である[3]

タイトル歴[編集]

得意技[編集]

スティール・スパイク
コーナーからのダイビング式飛びつきDDT
ウィドウズ・ピーク
別名ツイスト・オブ・カイン鈴木鼓太郎ブルー・ディスティニーや、他選手のゴリー・クラッシャーに類似した技。
ドロップキック
コーナーへの串刺し式を特に得意とする。

参考文献・参考サイト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d WLW Profile:Ace Steel2012年10月閲覧
  2. ^ GHCジュニア・ヘビー級王座の変遷 2005年|プロレスリング・ノア公式サイト2012年10月閲覧
  3. ^ プロレスリング・ノア『Shiny Navigation’06』公式パンフレット

外部リンク[編集]

関連項目[編集]