エンデ (インドネシア)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| エンデ Kota Ende |
|
|---|---|
| 位置 | |
| 座標 : 南緯8度50分 東経121度39分 / 南緯8.833度 東経121.650度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | 東ヌサ・トゥンガラ州 |
| 市 | エンデ |
| 人口 | |
| 人口 | (2007年現在) |
| 市域 | 72,000人 |
| その他 | |
| 等時帯 | インドネシア時間 (UTC+7) |
| 公式ウェブサイト : http://www.ende.go.id | |
エンデ(インドネシア語: Kota Ende)は、インドネシア、東ヌサ・トゥンガラ州、フローレス島の南岸の町。エンデ県の県庁所在地。人口72,000人(2007年)。
歴史 [編集]
エンデは、18世紀末に存在した王国の領地だった。その後、1916年 - 1917年にかけてオランダへの反逆が起り、ワツアピとマリロンガの戦いといわれている。また、1934年、スカルノが1938年まで流刑されたのはエンデである。ブンカルノ美術館は、流刑にされたスカルノの旧居。スカルノは滞在中に、トメル クリムトゥ劇団とともにいくつかの劇を書いた。エンデのサッカー場の近くにパンの木があり、その下でスカルノは政治的な思考を巡らせた。それは、パンチャシラ(インドネシア建国の5原則)として現在でもインドネシアの哲学とし生き続けている。パンチャシラはここで生まれたので、パンチャシラ誕生記念碑が建っている。
地勢 [編集]
町は東西に6km。東側が新市街、西側が旧市街。町の北東に空港がある。
イヤ、イピ、メジャ、Wongge山の麓にあり、エンデ、イピ、およびMbuuの美しい湾がありビーチがある。旧市外のさらに西4kmにブルーストーンビーチという緑色の石がある海岸がある。
交通 [編集]
空路でクパン(州都)から、またはデンパサールからビマ経由。Pelni(公営)の船が、クパンまたはスラバヤから就航している。