エレナ・デル・モンテネグロ

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エレナ
Elena del Montenegro
イタリア王妃
Queen Elena of Italy.jpg
在位 1900年7月29日 - 1946年5月9日
全名 イェレナ・ペトロヴィチ・ニェゴシュ(Јелена Петровић Његош)
出生 1873年1月8日
Flag of the Principality of Montenegro.svg モンテネグロ公国ツェティニェ
死去 1952年11月28日(満79歳没)
フランスの旗 フランスモンペリエ
配偶者 ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世
子女 イオランダ・マルゲリータ
マファルダ
ウンベルト2世
ジョヴァンナ
マリーア・フランチェスカ
王家 ペトロヴィチ=ニェゴシュ家
父親 モンテネグロ王ニコラ1世
母親 ミレナ・ヴコティッチ
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エレナ・デル・モンテネグロElena del Montenegro, 1873年1月8日 - 1952年11月28日)は、モンテネグロ王国の王女で、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の妃。モンテネグロ名はイェレナ・ペトロヴィチ・ニェゴシュ(Јелена Петровић Његош)。

生涯 [編集]

エレナは後にモンテネグロ王となるモンテネグロ公ニコラ1世と、その妃ミレナ・ヴコティッチの間の第6子、五女として生まれ、兄弟姉妹と一緒に首都ツェティニェで生まれ育った。成長するとロシアに留学し、皇帝アレクサンドル3世の妻マリヤ・フョードロヴナ皇后の手元に引き取られ、貴族の娘が通うスモーリヌィ女学院で学んだあと、サンクトペテルブルクの大学で政治と哲学を学んだ。

エレナは1896年10月24日にローマクイリナーレ宮殿において、イタリア王ウンベルト1世の一人息子で王位継承者のナポリ公ヴィットーリオ・エマヌエーレと結婚した。この結婚に際し、エレナは正教からカトリックに改宗した。夫君のナポリ公は高貴なサヴォイア家の後継ぎにしては小市民的な性格で、吝嗇家でもあり、あらゆる人や物事に対して頑固で猜疑心が強かった。彼は異常な身長の低さ(153cm)やみすぼらしい容姿にも強い劣等感をもち、引っ込み思案で他人に対してあやふやな態度を採った。

義父のウンベルト1世が暗殺されると、夫のナポリ公が1900年8月11日にヴィットーリオ・エマヌエーレ3世として王位に就いた。その後の植民地の拡大のため、エレナはイタリア王妃だけでなく、アルバニア王妃(1939年 - 1943年)、エチオピア皇后(1936年 - 1941年)の称号も有した。

1908年12月28日にメッシーナ海峡を震源とする大地震が発生し、メッシーナレッジョ・ディ・カラブリアの街はほぼ壊滅、およそ7万人が死亡した。エレナは被災者を支援すべく、自分のサイン入り肖像写真を販売し、その売り上げを被災者のための復興資金に充てた。この慈善活動により、エレナは国民の大きな人気を得た。

第1次世界大戦中、エレナは赤十字社の篤志看護婦として働き、カスタニェート・カルドゥッチの王家の別荘ヴィラ・マルゲリータを野戦病院として開放した。のち、王妃はさらに人命を救えるようにと医学の勉強に打ち込み、医学博士号を取得している。

第2次世界大戦中、エレナは独裁者の首相ベニート・ムッソリーニに働きかけ、1918年に消滅した自分の祖国モンテネグロを復活させた。このイタリアの傀儡国家モンテネグロ王国の国王には、モンテネグロ王家家長ミハイロ、次いで元ロシア皇族のロマン・ペトロヴィチ公が推された。2人はどちらもエレナの甥だったが、両者とも王位を辞退した。1943年、エレナは枢軸国への協力を拒んだとしてドイツの強制収容所に送られた甥ミハイロを助け出した。

夫ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は1946年のイタリア王制廃止の直前に長男のウンベルト2世に譲位し、エレナと一緒に国外へ亡命した。元国王夫妻はエジプト王ファールーク1世に賓客として迎えられ、アレクサンドリアで暮らすようになった。エレナは翌1947年に夫と死別し、未亡人となった。元王妃は1950年に癌と診断され、1952年2月28日、フランスのモンペリエの病院で手術中に死んだ。遺言により、遺骸はモンペリエの市営墓地に埋葬された。

子女 [編集]

1915年のイタリア国王一家

ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世との間に1男4女をもうけた。

参考文献 [編集]

  • Alberto Lumbroso: Elena di Montenegro, Regina d'Italia, Florenz (1935)
  • Jean-Paul Gisserot: Généalogie des rois et des princes, Jean-Charles Volkmann Edit (1998)