エリック・ペヴェナージ

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エリック・ペヴェナージ (Erik Pevernagie, 1939年 - ) はベルギーの画家で、パリニューヨークベルリン、デュッセンドルフ、アムステルダムロンドンブリュッセルアントワープなどで作品を展示したことがある。


経歴[編集]

"沈黙のギャップ" Erik Pevernagie(100 x 100 センチ), 石油と金属のキャンバスに

エリック・ペヴェナージ は、ラテン文化とゲルマン文化が溶け合うユニークなブリュッセルの環境で、表現主義画家の父ルイ・ペヴェナージ(1904– 1970年)の息子・弟子として育った。マネケン・ピス かの有名な「小便小僧」のブロンズ像) のすぐそばにあるブリュッセル・アテネウムに数年間通ううちに、ペヴェナージ はミシェル・ド・ゲルドロードの描き出す鮮やかで超現実的な世界へと引き込まれて行った。後にアングロサクソン民族、ゲルマン民族の文化遺産について勉強したペヴェナージ は、1961年、ブリュッセル自由大学 でゲルマン語学修士号を取得し、その後 世界中を旅し、英国のケンブリッジ大学 で大学院課程を修め、オランダのエラスムス大学 に教授として就任した。以前からコミュニケーションと国際関係に深い興味を持っていたペヴェナージは、1973年に社会的・文化的活動の場としてリクリエイティブ・インターナショナル・センター を創設し、活動推進のためにブリュッセル港よりボートを2隻購入した。これらのボートはリックス・リバー・ボート、リックス・アート・ボート と呼ばれ親しまれるようになった。こうしてペヴェナージの活動は、クロード・ルルーシュ、アトム・エゴヤン、ロイ・リキテンスタイン、ヒューゴ・クラウスなど、興味深い人物達との出会いのきっかけを次々と作っていった。後にペヴェナージ はイタリアのアカデミア・インテルナツィオナーレ・デル・ヴェルバーノ・ディ・レッテーレ、アルティ、シエンツェ の会員・アカデミー会員になった。


作品[編集]

エリック・ペヴェナージ の作品の特徴は造形的かつ文芸的であること。ことば、タイトル、文章、スケッチなども含めて、ペヴェナージ の作品には目に訴える展開と明瞭さがある。一方、異なるさまざまな流れを汲みつつ最頂点に達したペヴェナージ の作品には、実際、分類しがたいクオリティがあり、そこには秘められたメッセージがあるようで、またないようでもあり、その神秘性は平凡な日常生活の「隅々」から極たわいないもの、そして日常生活を通して見る世界を土台としながら、作品の主題となって繰り返し表現されている。ペヴェナージ の作品では、誰もが持っているような身近な思い出がしばしば描かれており、各作品のテーマを風変わりな設定に盛り込むアプローチはペヴェナージ独特のものである。ペヴェナージ の作品は比喩性と抽象性を共に妥協させることで、喜怒哀楽や思想を巧みに表現している。


参考文献からの抜粋[編集]

  • エリック・ペヴェナージは主に比喩的・抽象的要素を組み合わせる手法で知られている。ペヴェナージの作品は、「落書き」ともいえる幾何学的なスケッチから始まり、灰、砂、金属くずなどの材料を用いて浮き彫りな表現を演出する。 ドイル・ニューヨーク
  • ペヴェナージの作品の中核を支えているのは「人間」である。ペヴェナージは作品を通して、人間は自然環境の一部であり、時には自然環境に呑み込まれてしまうこともある、と示唆するが、その一方で自然とかけ離れた幾何学的なスケッチを採用することにより、前記の概念を否定しているようでもある。こうしてペヴェナージは作品を通して人間の孤独な存在と、都市構造に対する彼自身の疎外感を明かさんとしている。 ベネジット芸術家事典、パリ
  • 題材となる人物の肉体的な存在感を打ち消して服装の印象のみにとどめるペヴェナージの手法は、鑑賞者の心を白紙に戻す。ペヴェナージの主人公を創出しない方針が「白紙状態」 を生み出し、心に潜む不確かな感情をすべて取り去る。 クリスティーズ、ニューヨーク、カタログ


外部リンク[編集]