エリック・グリューエンバーグ

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エリック・グリューエンバーグErich Gruenberg, 1924年10月12日 - )[1]は、オーストリア出身の、イギリスで活躍したヴァイオリニスト

ウィーンにエーリヒ・グリーンベルクとして生まれる。

生地の音楽院で学んだあと、イェルサレム音楽院に留学し、1938年から1945年までイェルサレム放送協会管弦楽団のコンサートマスターを務めた。1946年にロンドンに居を移してマックス・ロスタルの下で研鑽を積み[2]、1947年のカール・フレッシュ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝した。 エドマンド・ラッブラ、ウィリアム・プリースらとの室内楽の活動をしながら、オーケストラ・プレイヤーとしても活躍し、1956年から1958年までストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、1962年から1965年までロンドン交響楽団、1972年から1976年までロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めた。 1982年からギルドホール音楽学校で教鞭をとり、1989年にはロンドンの王立音楽院の教授に就任している。

1994年にOBEを叙勲。

脚注[編集]