エリザ・ボナパルト

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エリザ・ボナパルト

マリア=アンナ“エリザ”・ボナパルト=バッチョッキ[1]: Maria-Anna "Élisa" Bonaparte Bacciocchi Levoy, 1777年1月13日 - 1820年8月7日)は、フランス皇帝およびイタリア王であるナポレオン1世の妹。フランス帝国の皇女にして、イタリアにおける、ルッカおよびピオンビーノ公国トスカーナ大公国の君主である。エリザは本来の名ではなく愛称であった。夫は同郷コルシカ人のフェリーチェ・バチョッキ

略歴[編集]

1777年、コルシカ島で生まれる。1784年に当時の女子教育の最高学府であるサン=シール学院(fr)に入学するも、フランス革命による同校閉鎖によって1792年に中退を余儀なくされた。1797年にコルシカの軍人フェリーチェ・パスクヮーレ・バチョッキと結婚した。

1804年にフランス第一帝政が始まるとともに帝国の皇女となり、1806年にはルッカおよびピオンビーノ公国の女公になった。1809年にトスカーナ大公国が復活すると女大公に封じられたが、1814年にナポレオンが失脚するとともにローマに亡命した。 

脚注・出典[編集]

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  1. ^ しばしば縮めてマリアンナ(Marianna)とも表記する

外部リンク[編集]

先代:
フランス帝国による統治)
トスカーナ女大公
1809年 - 1814年
次代:
フェルディナンド3世