エリザベート・ド・リュクサンブール (1922-2011)

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エリザベート・ド・リュクサンブール:Élisabeth de Luxembourg:Élisabeth vu Lëtzebuerg1922年12月22日 - 2011年11月22日)は、ルクセンブルク大公国の大公女。全名はエリザベート・イルダ・ジータ・マリー・アンナ・アントニア・フレデリーク・ヴィレルミーヌ・ルイーズ(Elisabeth Hilda Zita Marie Anna Antonia Friederike Wilhelmine Luise)。夫は、オーストリアの旧貴族ホーエンベルク公爵家の当主フランツ・フェルディナント

ルクセンブルク女大公シャルロットと、その夫君でパルマ公ロベルト1世の息子であるフェリックスの間の第2子、長女としてベルク城コルマー=ベルクにて生まれた。

エリザベートの誕生を記念し、ルクセンブルクでは1923年に世界最初の切手の小型シートが発効された。1956年5月9日にルクセンブルク市において、ホーエンベルク公爵家の嗣子フランツ・フェルディナントと結婚した。夫はオーストリア=ハンガリー帝国の帝位継承者フランツ・フェルディナント大公の嫡孫だった。

夫との間に娘を2人もうけた。

  • アンナ“アニタ”・シャルロッテ・マクシミリアーナ・オイフェーミア・マリア・ヘレーナ(1958年 - )
    • 1978年にアランブル伯爵ロメ・ド・ラ・ポエズと結婚(1998年離婚)。2005年にバルデアウ伯爵アンドレアスと再婚。
  • ゾフィー・フェリーツィタス・エリーザベト・ボナ・マリア・アントニア(1960年 - )
    • 1983年、ジャン=ルイ・ド・ポテスタ(Jean-Louis Marie René Ghislain de Potesta)と結婚。

夫の死後、故国ルクセンブルクに戻り、2011年11月22日、兄ジャンとともに住んでいたフィシュバッハ城にて薨去した[1]。88歳没。

脚注[編集]

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  1. ^ Princess Elisabeth, The Dowager Duchess of Hohenberg, dies Examiner 2011-11-22

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