エリザベス・レーン

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1993年5月19日、アメリカ国防総省(ペンタゴン)にて

マルタ・エリザベス・レーンフィンランド語: Märta Elisabeth Rehn1935年4月6日 - )は、フィンランドの元政治家。スウェーデン人民党所属。女性として初めて同国の国防相を務めた。1994年の大統領選に立候補したが、マルッティ・アハティサーリに惜敗した。

父は医師であった。マントサラで幼少期を過ごし、カウニアイネンの全寮制学校に進学。1957年にハンケン・スクール・オブ・エコノミクスから経済学の理学修士号を、オーボ・アカデミー大学から政治学の博士号をそれぞれ取得し、1960年代初めにはタッパーウェアをフィンランド国内に流通させた第一人者として知られるようになる。

1995年に女性として初めて国防相を務め、女性も兵士に就けるよう法を整備した。また、国際連合の事務次長やボスニア・ヘルツェゴビナの人権特別報告官なども務め、国際的にも活躍した。

世界各国で「健全な政府」を支援するNGO、グローバル・リーダーシップ・ファンデーション(Global Leadership Foundation)に参加している[1]。1955年にオヴェ・レーンと結婚し、ヴェロニカ、ホアキン、シャルロッタ、ヨハンの四子をもうけたが2004年11月8日に死別した。彼女自身にも90年代に大腸がん、2000年に乳がんが見つかったがいずれも克服した[2]

脚注[編集]