エリサヴェト (ギリシャ王妃)

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エリサヴェト王妃

エリサベータ・デ・ロムニア(Elisabeta de România, 1894年10月12日 - 1956年11月14日)は、ギリシャゲオルギオス2世の王妃。ギリシャ語エリサヴェト・ティス・ルマニアスΕλισάβετ της Ρουμανίας)。

ルーマニアフェルディナント1世と王妃マリアの長女(第1子)として、ペレシュ城(ムンテニア地方プラホヴァ県シナヤ)で生まれた。

1921年2月27日、王太子だったゲオルギオスとブカレストで結婚した。

1922年、コンスタンティノス1世の退位により、夫とともに戴冠するが、わずか2年でギリシャ政府の方針により国外へ亡命を余儀なくされた。亡命中の1935年6月に2人は離婚。1921年に流産したのち、子供はできなかった。1935年11月にゲオルギオスはギリシャ王に復位した。エリサヴェトはルーマニアへ戻り、第二次世界大戦後に王政が廃止されるまで住み続けた。

1956年、亡命先のフランスカンヌで死去した。

先代:
ソフィア
ギリシャ王妃
1922年 - 1924年
次代:
フリーデリケ
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