エリサヴェト・ティス・エラザス

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エリサヴェト王女、1934年

エリサヴェト・ティス・エラザス・ケ・ザニアス(Ελισάβετ της Ελλάδας και Δανίας, 1904年5月24日 - 1955年1月11日)は、ギリシャの王族。ゲオルギオス1世の孫娘の一人で、デンマーク王女およびギリシャ王女の称号を有した。

1903年、エリサヴェトはゲオルギオス1世の三男ニコラオス王子とその妻であったロシア大公女エレナ・ウラジーミロヴナの間の次女として、タトイに生まれた。姉オルガや妹マリナと同様、エリサヴェトも美貌のプリンセスとしてもてはやされた。エリサヴェトの髪の毛は非常に濃く、くしけずるのに苦労したため、家族は彼女に「羊毛」というあだ名を付けた。エリサヴェトは三姉妹の中では最も目立たない存在だったが、父親譲りの画才に恵まれ、また豪胆な女性騎手だった。

1934年、エリサヴェトはドイツ貴族のトールリンク=イェッテンバッハ伯爵カール・テーオドルと結婚した。カール・テーオドルはベルギー王妃エリザベートの甥にあたる人物だった。伯爵夫妻は2人の子供をもうけた。

  • ハンス・ファイト(1935年 - )
  • へレーネ(1937年 - ) - 1956年、オーストリア大公フェルディナント・カールと結婚

1955年、エリサヴェトはミュンヘンのために亡くなった。