エミーリオ・デ・ボーノ

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デ・ボーノ(1929年)

エミーリオ・デ・ボーノ(Emilio De Bono, 1866年3月19日1944年1月11日)は、イタリア政治家軍人。最終階級は陸軍元帥第二次エチオピア戦争総司令官などを務めた。


経歴[編集]

カッサーノ・ダッダに生まれる。モデナ陸軍大学で学び、ベリサリエリ連隊の将校となる。1912年の伊土戦争第一次世界大戦に従軍。大戦では負傷している。

戦後ファシスト党の共同設立者となり、1922年のローマ進軍に参加してファシスト四天王の一員となる。それによりファシスト政権が成立すると、独裁者ベニート・ムッソリーニにより警察長官及び黒シャツ隊指導者に任命された。イタリア社会党議員ジャコモ・マッテオッティ暗殺にも関与している。1925年から1929年までトリポリタニア総督を務める。ついでイタリア植民地相に就任。第二次エチオピア戦争では全軍の指揮を執るが、慎重に過ぎる戦争指導のために更迭され、ピエトロ・バドリオに替わられた。

第二次世界大戦が始まると、ボーノはナチス・ドイツ側でのイタリアの参戦に反対した。1943年7月25日でのファシズム大評議会ではムッソリーニ首相解任の動議に賛成し、これによりファシスト政権は崩壊した。しかしムッソリーニがドイツの支援で北イタリアに樹立したイタリア社会共和国により逮捕され、ヴェローナでの公開裁判で国家反逆罪により死刑判決を受けた。ガレアッツォ・チャーノ前外相など、ムッソリーニに反抗したかつてのファシスト党幹部らと共に処刑された。


先代:
ジュゼッペ・ヴォルピ
イタリア領トリポリタニア総督
1925年-1929年
次代:
ピエトロ・バドリオ