エミリー・ヒューズ

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エミリー・ヒューズ
Emily HUGHES
フィギュアスケート選手
Emily Hughes in 2006
Emily Hughes in 2006
2006年スケートアメリカでのエミリー・ヒューズ
生誕 (1989-01-26) 1989年1月26日(35歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州グレート・ネック
身長 168 cm
選手情報
コーチ ボニー・レツキン[1]
所属クラブ スケーティングクラブ・オブ・ニューヨーク[1]
ISUパーソナルベストスコア
総合166.602007 四大陸選手権
SP60.882007 世界選手権
FS111.262007 四大陸選手権
獲得メダル
フィギュアスケート
四大陸選手権
2007 コロラドスプリングス 女子シングル
世界ジュニア選手権
2005 キッチナー 女子シングル

エミリー・ヒューズ英語: Emily Hughes1989年1月26日[1] - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州グレート・ネック出身の女性フィギュアスケート選手。

2007年全米選手権2位。2006年トリノオリンピック女子シングル7位。実姉は元フィギュアスケート選手で、2002年ソルトレイクシティオリンピック金メダリストのサラ・ヒューズ

人物[編集]

父のジョン・ヒューズはアイルランド系カナダ[2]の法律家[3]で、1969-70全米大学体育協会大会で優勝したコーネル大学アイスホッケーチームの主将だった。母の Amy Pastarnack はユダヤ人[4]の会計士[3]で、 乳癌生存者である。エミリーは乳癌の研究や啓発運動、子供たちや災害被災地のためのチャリティーに取り組んでいる[3]

6人きょうだいで、姉2人、兄2人、妹がいる。エミリーは5番目で、サラは4番目である。趣味はテニス、ゴルフ、ベーキング[3]。兄と姉の影響で、3歳からスケートを始めた[3]

2007年6月にグレート・ネック・ノースを卒業[5]し、同年秋にハーバード大学に入学。なおこの際、願書を出した全ての大学から入学を許可されたという[6]。ハーバード進学に伴い、長年指導を受けてきたボニー・レツキンのもとを離れ、スケーティング・クラブ・オブ・ボストンでマーク・ミッチェルとペーター・ヨハンソンに師事することとなった[7]

2002年、ランダムハウスが出版した Young Dreamers series の1冊、I Am a Skater[8]を共同執筆。2005年にはニューヨーク・タイムズ・マガジン(12月18日号)で巻頭特集が組まれた。

経歴[編集]

2001-2002シーズン、初出場の全米選手権ジュニアクラスで11位。翌2002-2003シーズンの同選手権でも11位となった。2003-2004シーズンはイースタン・セクショナルのジュニアクラスで5位に終わり、全米ジュニアに進出できなかった。

2004-2005シーズンから、国内選手権ではシニアクラスに移行。リージョナル優勝、イースタン・セクショナルでは2位となり、全米選手権の出場権を得た。全米選手権では6位となり、 世界ジュニア選手権の代表に選ばれた。そして、自身初めての国際大会となる世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得した[9]

2005-2006シーズン、ISUグランプリシリーズでは出場した2つの大会でいずれも5位だった。トリノオリンピックの代表選考会を兼ねた全米選手権で3位となったが、欠場したミシェル・クワンが特例で代表に選ばれ、ヒューズは当初補欠であった。だがクワンはトリノ五輪開会式の数日後、足の怪我を悪化させて出場辞退を表明、急遽替わってヒューズがトリノ五輪のアメリカ正式代表に繰り上がり出場となる。そのトリノ五輪女子シングル本番ではSP・フリー共に7位、総合でも7位入賞を果たした。つづく世界選手権では8位。

2006-2007シーズン、中国杯で3位となり、自身初となるISUグランプリシリーズの表彰台に立った。全米選手権では前年から順位をひとつ上げて2位となり、四大陸選手権でも2位。世界選手権では9位だった。

2007-2008シーズン、ISUグランプリシリーズでは出場した2つの大会でいずれも4位。全米選手権ではシード権をもっていたが、の負傷により欠場した[10][11]

2008-2009シーズンに入って、コーチをボニー・レツキンに戻した。ISUグランプリシリーズでは、エリック・ボンパール杯に出場した。

2009-2010シーズン、全米選手権では9位に終わり、バンクーバーオリンピックの出場は果たせなかった。

主な戦績[編集]

大会/年 2001-02 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10
冬季オリンピック 7
世界選手権 8 9
四大陸選手権 2
全米選手権 11 J 11 J 6 3 2 9
GPスケートアメリカ 5 5 4 7
GPエリック杯 9
GPスケートカナダ 4
GP中国杯 3
GPロシア杯 5
世界Jr. 選手権 3
  • J = ジュニア

詳細[編集]

2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年1月21日-23日 全米フィギュアスケート選手権スポケーン 8
53.75
10
86.85
9
140.60
2009年11月14日-15日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカレークプラシッド 11
45.32
7
89.99
7
135.31


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年11月14日-17日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 8
44.32
9
71.16
9
115.48


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年11月1日-4日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダケベックシティ 2
58.72
4
103.70
4
162.42
2007年10月25日-28日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカレディング 4
47.66
5
92.84
4
140.50


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年3月20日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権東京 6
60.88
13
98.18
9
159.06
2007年2月7日-10日 2007年四大陸フィギュアスケート選手権コロラドスプリングス 2
55.34
2
111.26
2
166.60
2007年1月21日-28日 全米フィギュアスケート選手権スポケーン 3
62.32
2
118.54
2
180.86
2006年11月9日-12日 ISUグランプリシリーズ 中国杯南京 1
56.74
3
94.38
3
151.12
2006年10月26日-29日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカハートフォード 5
57.42
6
89.92
5
147.34
2006年10月15日 キャンベルカップ(シンシナティ - 4
98.62
団体2位


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月19日-26日 2006年世界フィギュアスケート選手権カルガリー 3
25.68
10
54.23
7
104.84
8
184.75
2006年2月10日-26日 トリノオリンピックトリノ - 7
57.08
7
103.79
7
160.87
2006年1月7日-15日 全米フィギュアスケート選手権セントルイス - 2
59.11
3
106.61
3
165.72
2005年11月24日-27日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯サンクトペテルブルク - 4
46.56
7
79.20
5
125.76
2005年10月20日-23日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカアトランティックシティ - 8
38.74
4
88.04
5
126.78


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 クラス 予選 SP FS 結果
2005年2月28日-3月6日 2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権キッチナー ジュニア 6
83.12
5
51.42
3
96.47
3
147.89
2005年1月9日-16日 全米フィギュアスケート選手権ポートランド シニア - 9 6 6


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 クラス 予選 SP FS 結果
2003年1月12日-19日 全米フィギュアスケート選手権ダラス ジュニア - 12 11 11


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 クラス 予選 SP FS 結果
2002年1月6日-13日 全米フィギュアスケート選手権ロサンゼルス ジュニア - 11 11 11

プログラム使用曲[編集]

シーズン SP FS EX
2009-2010 Caprice Bohemien
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
映画『風と共に去りぬ』サウンドトラック
作曲:マックス・スタイナー
2008-2009 アイ・ガット・リズム
作曲:ジョージ・ガーシュウィン
2007-2008 カルミナ・ブラーナ
作曲:カール・オルフ
2006-2007[12] 歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:デヴィッド・ウィルソン
シルヴィア
作曲:レオ・ドリーブ
振付:デヴィッド・ウィルソン
プラウド・メアリー
作曲:ジョン・フォガティ
ボーカル:ティナ・ターナー
2005-2006 ピアノ協奏曲
作曲:ジョージ・ガーシュウィン
四季
作曲:アレクサンドル・グラズノフ
2004-2005 眠れる森の美女
作曲:ピョートル・チャイコフスキー

脚注[編集]

  1. ^ a b c 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.40
  2. ^ Irish Connections - A Magazine For The Irish Worldwide
  3. ^ a b c d e アメリカフィギュアスケート協会によるプロファイル
  4. ^ Jewish News, Jewish Newspapers - Forward.com
  5. ^ Great Neck North High School 2007 Senior Class. Accessed July 30, 2007.
  6. ^ http://emilyhughes.com/blog/?p=65
  7. ^ Helm, Guillian H. "Hughes to Come to Harvard." The Harvard Crimson. May 21, 2007. Accessed on June 3, 2008.
  8. ^ Feldman, Jane. I Am a Skater. New York: Random House Books for Young Readers, 2002. ISBN 978-0375802560
  9. ^ Hughes Medals in First International
  10. ^ Mittan, Barry. "Emily Hughes Follows Family Traditions." Golden Skate. January 13, 2008. Accessed on June 3, 2008.
  11. ^ "Emily Hughes Withdraws from 2008 U.S. Figure Skating Championships." Welcome to U.S. Figure Skating. January 14, 2008. Accessed on June 3, 2008.
  12. ^ 境田優「06-07シーズン振付師相関図」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.32-35

外部リンク[編集]