エマヌエル・シェーファー

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エマヌエル・シェーファー(Emanuel Schäfer、1900年4月20日1974年12月4日)は、ナチス・ドイツ親衛隊(SS)の隊員。最終階級は親衛隊上級大佐(SS-Oberführer)。

略歴[編集]

ドイツ帝国シレジアフルチンen:Hlučín)出身。第一次世界大戦では野戦砲兵連隊に入隊。戦後、義勇軍(フライコール)の「エアハルト旅団」に参加。1925年から1928年にかけては鉄兜団に参加。1928年にカトリックからプロテスタントに信仰を変えた。

1933年にナチス党突撃隊(SA)に参加。さらに親衛隊情報部(SD)に入隊した。1936年9月に親衛隊(SS)へ移籍し、1937年にナチス党に入党した。

1939年にはポーランドで組織されたアインザッツグルッペンIIの指揮官の一人に任じられた。1942年1月、セルビアベオグラード保安警察及びSD司令官(Befehlshaber der Sicherheitspolizei und des SD 略称BdS)に任じられた。1945年にはイタリアトリエステの保安警察及びSD司令官となる。

戦後、6280人の女性と子供をガスで殺した容疑で6年と半年の懲役に処された。