エフゲニー・イワノフスキー

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エフゲニー・イワノフスキーЕвгений Филиппович Ивановский1918年3月7日 - 1991年11月23日)は、ソ連の軍人。上級大将。

経歴[編集]

ヴィテブスク州チェレヤ村出身。1936年から赤軍に入り、1938年、サラトフ装甲戦車学校を卒業。1939年、ポーランド侵攻冬戦争に従軍。

独ソ戦時、装甲戦車兵軍事アカデミーの促成課程を修了し、1941年10月から戦車中隊長、大隊長、戦車旅団参謀次長、戦車軍団参謀部の情報課長、作戦課長、自走砲連隊長を歴任。モスクワの戦いスターリングラード攻防戦クルスクの戦い、ドニエプルの戦い、ウクライナポーランドの解放、東プロシア作戦、オーデル渡河作戦に参加。

戦後は、軍参謀部課長(1946年)、自走砲担当白ロシア軍管区装甲戦車・機械化兵副司令官(1953年)、戦車師団参謀長、師団長(1953年)を経て、1958年に参謀本部アカデミーを卒業した後、極東軍管区参謀第一次長(1958年)、軍司令官(1961年)、モスクワ軍管区第一副司令官(1965年)、モスクワ軍管区司令官(1968年)を歴任。1972年7月から駐独ソビエト軍集団総司令官。

1971年4月からソ連共産党中央委員会委員。第8期、第9期ソ連最高会議代議員。

レーニン勲章、赤旗勲章4個、三等スヴォーロフ勲章、一等及び二等祖国戦争勲章、赤星勲章2個、三等「ソ連軍における祖国への奉仕に対する」勲章を受章。