エピクテトス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
想像画

エピクテトスΕπίκτητος55年 - 135年)は、古代ギリシアストア派哲学者フリギアヒエラポリスで生まれたと考えられている。母親は奴隷階級だったらしく、自身も奴隷としてローマ帝国の皇帝ネロのもとに売られる。ローマでは彼の生活は不健康だったという。主人であるエバプロディトスによる残酷な虐待の結果、生涯片足の自由がきかなかった。苦難の中にあって平静を保つことや、人類の平等を説いたその教えは、皇帝 マルクス•アウレリウスの思想と一致しており、 ストア主義の歴史上重要な意味を持つとみなされている[1] [2]89年から95年の間に皇帝ドミティアヌスに追い出される。亡命後ニコポリスで哲学の学校を開く。皇帝ハドリアヌスも訪問した。ここでアレクサンドロス3世の伝記を書いたアッリアノスは勉強した。

エピクテトス自身は著作を残さなかったが、アッリアノスがエピクテトスの論文を書き写していた。

脚注 [編集]

  1. ^ カール・ヒルティ 「幸福論」岩波書店、1961年。pp.37,43-104.
  2. ^ Russell, B. History of Western Philosophy. London: Routledge, 2003. p.268

外部リンク [編集]

ニコポリスにあるローマ時代の遺跡