エピクテトス
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エピクテトス(Επίκτητος、55年 - 135年)は、古代ギリシアのストア派の哲学者。フリギアのヒエラポリスで生まれたと考えられている。母親は奴隷階級だったらしく、自身も奴隷としてローマ帝国の皇帝ネロのもとに売られる。ローマでは彼の生活は不健康だったという。主人であるエバプロディトスによる残酷な虐待の結果、生涯片足の自由がきかなかった。苦難の中にあって平静を保つことや、人類の平等を説いたその教えは、皇帝 マルクス•アウレリウスの思想と一致しており、 ストア主義の歴史上重要な意味を持つとみなされている[1] [2]。89年から95年の間に皇帝ドミティアヌスに追い出される。亡命後ニコポリスで哲学の学校を開く。皇帝ハドリアヌスも訪問した。ここでアレクサンドロス3世の伝記を書いたアッリアノスは勉強した。
エピクテトス自身は著作を残さなかったが、アッリアノスがエピクテトスの論文を書き写していた。
脚注 [編集]
- ^ カール・ヒルティ 「幸福論」岩波書店、1961年。pp.37,43-104.
- ^ Russell, B. History of Western Philosophy. London: Routledge, 2003. p.268
外部リンク [編集]
- 「Epictetus」 - スタンフォード哲学百科事典にある「エピクテトス」についての項目。(英語)
- 「Epictetus」 - インターネット哲学百科事典にある「エピクテトス」についての項目。(英語)